FIELD PLUS No.12
13/36

11FIELDPLUS 2014 07 no.12台湾原住民族の言語はほぼ一世紀にわたって抑圧されてきた。そのせいで母語の継承が危機に瀕している。しかし、まだ小さな芽であるが、母語復興プロジェクトも始まっている。大陸の福建省南部から来た人たちの子孫であるホーロー(閩南語を話す、人口の74%)、少し遅れて中国大陸から来た客家の子孫(客家語を話す、人口の12%)、20世紀中葉に中華民国政府とともに渡ってきた外省人(人口の12%)。 私の主な調査地は台湾東部の花蓮縣で、主な調査協力者はもうすぐ90歳になる牧師である。日本統治時代(1895年~1945年)に日本語教育を受け、戦後、長期間、聖書をセデック語に翻訳する仕事に従事されてきた。私が最初にセデック語の調査を始めたのは20年前、この牧師のもとであった。母語の教育 私がセデック語を研究し始めてからこの20年の間に、セデック語の教育が少しずつカリキュラムに取り入れられるようになってきた。それぞれの原住民族の言語、閩南語、客家語の母語教育は、1990年代から少しずつ始まった。それ以前の日本統治時代、また1988年までの、蒋介石とその息子蒋経国が総統を務めた外来政権時代には、これらの母語は、遅れた劣った言葉としてさげすまれ、学校で使うと叱られる言葉だった。 だが1988年に台湾出身の李登輝が総統となり、台湾本来のものが重視されるようになった。今は小学校、中学校、高校で週に1時間、母語学習の正規の授業がある。母語の言語能力認定試験が実施されており、これで一定の成績をとると、大学入試などに有利に台湾原住民族とは 私は台湾原住民族の言語の一つ、セデック語を研究している。「原住民族」という言葉は、台湾の先住民族自身が望んで自称として用いている言葉だ。以前は「生蕃」、「山地同朋」等の呼び方をされていたが、先住民族自身が「原住民族」という言葉を使うように要望し、改めさせた。台湾の法律でも使われている。 原住民族はいくつかの部族に分かれ、異なる言語を話す。前述のセデック語はセデック族とタロコ族の言葉で、その人口は合わせて3万人程度である。だが若い人たちはセデック語をうまく話せず、台湾の公用語(中国語北京方言をもとにしている)を話す。40代~60代の人たちはセデック語と中国語のバイリンガルである。 原住民族の祖先たちは、紀元前3000年頃、アジア大陸から渡ってきたとされる。その後、漢民族が大陸から渡ってきて、現在では原住民族は人口の2%ほどになってしまった。漢民族は、3つに分類される:17~19世紀に中国なる。牧師の息子の嫁は、中学校で自身の母語であるセデック語の授業を担当している。彼女によると、生徒たちは中学3年生にもなるとセデック語で書かれた文章を読むことはできるが、書いたり話したりすることはできないという。だから、スピーチコンテストの前になると、牧師のところに、スピーチ原稿に間違いがないか確認依頼がいくつも来る。 2005年に、原住民族テレビ局(略称TITV)の放送が始まった。それぞれの言語によるニュースの時間があり、いろいろな民族のゲストに民族の言語でインタビューする番組もある。大体の意味を表わす中国語の字幕が付く。言語復興プロジェクト 私がセデック語を研究している20年の間に、牧師の孫の1人がハワイ大学大学院で言語学の博士号を取得し、大学に就職した。現在花蓮縣の東華大学で社会言語学を教え、子供を対象にした言語復興プロジェクトをすこしずつ始めているところだ。彼女とスタッフは、家庭における子供への言語の継承を復活させようと取り組んでいる。今では家庭でも多くの人が子供に中国語で話しかける。彼女たちは意識啓発活動をおこなって、子供にセデック語で話しかけることを勧めている。前回の調査時に私が見た活動は、年寄りが子供に家のことを手伝わせて、それにかんする会話を練習する、というものであった。たとえば、殻に入った豆を足で踏んで、それを平たい笊に入れて殻を飛ばす、その作業を年長者が子供に指導しながら一緒に会話も練習する。iPadで撮影して子供たちにその場ですぐ見せるなどして、子供のモチベーションを高める工夫もしている。まだまだ道のりは遠いが、応援していきたいと思っている。 牧師も依然として忙しい。もう特定の教会で牧師を務めているわけではないが、日曜にはあちこちの教会の礼拝に呼ばれて、ゲストとして説教している。郷公所(村役場に相当)でセデック語辞書編集プロジェクトがあり、それにも参加している。今後も元気で長生きしてほしい。台湾原住民族の言語状況 月田尚美つきだ なおみ / 愛知県立大学、AA研共同研究員郷公所でのセデック語辞書編纂会議。iPadで録画された自分たちを見る子供たち。教会での日曜礼拝。左奥のスクリーンにプロジェクターでセデック語の字幕を映している。花蓮縣秀林郷景美村台湾

元のページ  ../index.html#13

このブックを見る