8FIELDPLUS 2014 07 no.12フィリピン土着の言語に、外来の言語であるスペイン語や英語が色濃く混じり合い、話し手の口からごく自然にあふれ出る。ルソン島のパンパンガ州を中心に、そんなフィリピンの言語事情の一端を紹介する。るようになっている。 フィリピンの多言語状況は複雑である。フィリピンは、16世紀から19世紀末まではスペイン、20世紀に入ってからはアメリカの植民地となり、第二次世界大戦中は日本の占領下にあった。それ以後今日までアメリカの強い影響下にあり、フィリピンの言語にはスペイン語や英語からの借用語がたくさん見られる。また、フィリピン人にとって、英語・フィリピノ語・地域の言語の2言語・3言語併用や、話している途中で言語をスイッチする「コードスイッチング」はごく普通のことである。フィリピン人同士が話す言語の選択 フィリピン人同士が話す場合、使う言語をどう決めるかにはさまざまな要因がある。エスニックグループが異なる二人ならフィリピノ語が自然な選択だろうが、グループによっては、フィリピン国民としてのアイデンティティを強く持つ者もいれば、エスニックグループとしてのアイデンティティを優先する者もいる。南部のセブやミンダナオなどではタガログ語に対するアレルギーが強く、セブアノ語が圧倒的に使用される。他地域からのフィリピンの多言語状況 フィリピン共和国では、100を超える言語が話されている。そのほとんどがオーストロネシア語族に属する言語である。 フィリピンの国語はフィリピノ語、公用語はフィリピノ語と英語である。フィリピノ語は、首都マニラを含むフィリピン全体の中部で多く話されているタガログ語がもとになっている。フィリピノとタガログの関係は、日本語の「共通語」と「東京方言」のそれとほぼ同じである。フィリピノ語はフィリピンで最も強力な言語だが、南部のセブアノ語、北部のイロカノ語も地域の有力言語である。しかし現在、中央の教育やマスメディアが浸透し、フィリピノ語がますます全国的に通用す人間でもセブアノ語が話せないとやっていけないこともあるらしい。また、お互い英語が使えるとなればフィリピン人同士でも英語で話す(フィリピノ語が嫌いだから英語を選ぶ、という人もいる)。英語を交えたコードスイッチングも頻繁である。 フィリピノ語による教育が浸透し、英語力が衰えてきているとされるフィリピン人だが、対外的には「英語ができること」は大きな強みである。「フィリピンの一言語にすぎないタガログ語を国語とせず、英語を国語に選べば不公平が生じないのに」と考える人さえいる。カパンパンガン語のこと カパンパンガン語(Kapampangan)は、ルソン島中部のパンパンガ州を中心に話されている。パンパンガ州には、私が調査で訪れるアンヘレス(Angeles)のような都市もあるが、大部分は水田や畑が広がる農村で、海に近い南部には多くの水路や養殖池がある。フィリピン人の間では、パンパンガ州は料理で有名である。豚肉料理であるシシグ(sisig)は、脂っこいが確かにうまい。言うまでもないが、ビールによく合う。 カパンパンガン語は、話し言葉の言語である。現在、新聞や雑誌などで、カパンパンガン語が使われることは非常に少ない。書き言葉はケータイメールにしか存在しないと、皮肉交じりに言う人もいる。フィリピン諸語では大言語の一つで、話者人口も100万人を超えるとされるが、決して安泰な言語ではない。 パンパンガ州はマニラ首都圏に近いため、都市部の若者はカパンパンガン語よりタガログ語を使う傾向がますます強くなっている。彼らはカパンパンガン語よりタガログ語を使う方がフォーマルだと考えているようだ。先生と生徒の間だと、先生がカパンパンガン人だとわかっていても生徒はタガログ語を使うようになっている。もちろん、生徒間でのタガログ語、あるいはカパンパンガン語混じりのタガログ語の会話は珍しくない。一方で、両言語の違いをちゃんと認識し、カパンパンガン文化を守ろうとする若者たちもいるのは心強い。自分たちの言語に興味を持つ私のような外国人がいるだけで、彼らは目を輝かせてくれる。流暢に話せなくても、せめて彼らのためになるようなしっかりした調査をしたいと思う。フィリピンの複雑で悩ましいことば事情北野浩章きたの ひろあき / 愛知教育大学、AA研共同研究員スーパーマーケット内の商品広告。あまり目にすることのないカパンパンガン語で書かれている。パンパンガ州南部のデルタ地帯。カパンパンガン料理のレストラン。Mamasukは“smoking”の意。カパンパンガン人の心のよりどころ、アラーヤット山。パンパンガ州フィリピンルソン島
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