: 定価本体476円+税SULPdleF東京外国語大学出版会東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所[発売][発行] i i 電話042-330-5559 FAX042-330-5199〒183-8534東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX042-330-5610. 201401no11FeldPLUSフィールドプラス広東省上海台湾煎堆づくり。正月には家の庭に菊や桃の花、ミカンの鉢植えなどが飾られる。たくさんの実をつけるミカンは子孫繁栄を意味する縁起物。年始回りの手土産 中国南部の広東省珠江デルタでは、お正月に「煎ジンドゥイ堆」というお菓子がかかせない。旧暦の年末がせまると、家々では煎堆作りの準備をはじめる。まず、もみ米を炒る。ポップコーンのようにふくらんだ米に、水、酒、砂糖を混ぜあわせて丸く固める。それとは別に、もち米粉と水と砂糖を混ぜ、こねて生地をつくる。その生地で先ほどのライスボールを包み、白ゴマをまぶして黄金色になるまで油で揚げればできあがりだ。 こうして文章で書くと簡単そうだが、実際にはもみ米を炒り、もみと米を選り分けるのに数日、ライスボールや生地をつくって油で揚げるのに丸一日を要する。なかなか骨の折れる作業であるため、最近では買って済ませる家庭も多い。大きさは地域や家庭にもよるが、小さくてミカン大、大きくてサッカーボール大のものがある。 煎堆は正月に各家庭で食べられるだけでなく、祖先や神々に捧げる供物や、年始に親族や知人にあいさつにゆくときの手土産にされたりする。黄金色の煎堆は、金きんを連想する縁起物だからである。そのため、各家庭では多ければ100個以上の煎堆をつくって正月にそなえる。 煎堆はもち米を使っているため、時間が経つと固くなり日持ちもする。食べるときは加熱して軟らかくする。正月のあいだの食事には、だいたい煎堆が添えられる。砂糖と油をたくさん使った煎堆は甘くこってりしていて、私などは食べ続けるとじきに飽きてしまう。しかし、私が世話になっている南雄珠璣巷珠江デルタ黄金色の正月菓子「煎堆」。華やかに装飾された家庭の祭壇。正月の供え物(右側が煎堆)。煎堆は漢族のあかし? 地域の民俗に関する文献をみると、煎堆の起源は「南なん雄ゆう珠しゅ璣き巷こう」にあると書かれている。南雄珠璣巷とは、広東省北部に実在する地名である。 広東人の多くは自分たちの祖先を、中華文明の発祥地である黄河流域から、数千キロを移動して広東にやってきた人々と考えている。とくに珠江デルタの人々は、移住の過程で南雄珠璣巷を経由したという伝説をもっている。珠璣巷にいた頃、祖先が北方の習俗の名残として食べていたのが煎堆で、それがさらなる移住とともに珠江デルタに伝わったのだそうだ。つまり煎堆は、北方からきた漢族のあかしというわけだ。しかし、民間ではそうした煎堆にまつわる起源を知る人は少ない。そうした昔話よりも、米や砂糖をたっぷり使った黄金色のお菓子を食べて、幸福な一年を願うことのほうが大切なのだろう。 ところで、私が「日本に煎堆はない」というと、驚いたお母さんが「おみやげに持って帰りなさい」といって、たくさん袋に詰めてくれた。それだけで私のスーツケースの3分の1が埋まってしまう量だ。中国の友人たちはいつもたくさんのお土産を持たせてくれる。正月の煎堆、中秋節の月餅、端午節のちまきといった年中行事の食べ物、お茶、自費出版の書籍など、さまざまである。友人の好意で重みを増したスーツケースは、半年後、ふたたび私が中国に向かうときに、日本のお菓子やキャラクターグッズなどのお土産でいっぱいになる。家の人たちは、正月気分が抜ける頃にはすっかりこれを食べきってしまう。34中国長沼さやかながぬま さやか静岡大学
元のページ ../index.html#34