と書いてあった。近年は電子メールの隆盛で手紙を出す人も減ったのか、新しい版にこのような記述はなくなっているようだ。 郵趣家としてはあえて、切手を貼った郵便物をポストに投函する。GPOと呼ばれる各地の主要郵便局の場合、ポストは市内、市外の国内、国際など宛先別に分けられていることも多い。それも利用するし、道端の小さなポストも利用する。郵便が届いたら投函してからの日数を記録し、消印がきれいに押されていたら封筒のまま郵便史コレクションに収め、局名や日付が読めない消印の場合には切手だけ切り取って水で剥がし、使用済切手のコレクションに収める。 最初にインドを訪問した1986年以来、この方法でこれまでに200通以上のコレクション用郵便を出した。届かなかったのは2通だけである。昔の『地球の歩き方』の警告は、少なくとも統計的裏づけが薄いようだ。しかし大切な手紙が届かないショックは大きいから、そのような例がひとつでもあれば、「届かないことが非常に多い」と警告をするに値するかもしれない。 切手を買って、郵便を出した後は、郵便局の喧騒を眺めながらティータイム。初めて訪問した郵便局や、何度訪れていても何か変わったことを見つけた場合には写真を撮る。植民地期に建てられた歴史的GPOの建物にスピードメールなど新しいサービスの旗がかかっていれば、まさにシャッターチャンスとなる。郵便局めぐりがつなぐ郵便史 パキスタンのラーホールGPOにはとりわけ頻繁に通っている。分離独立前の英領インド切手に押された同局の消印と、現代の消印、大きくはスタイルが変わっていないことに驚かされる。もちろん消印の耐用年数からすると、同じ消印であるはずはないのだが、局内の窓口分類が同じことと合わせて、制度の経路依存性を実感する瞬間である(経路依存性とは、制度や仕組みが過去の経緯や歴史上の偶然などによって拘束されてしまうことを指す)。 英領インド切手・葉書にパキスタンやバングラデシュに属する地域の消印が押された使用例は、私のコレクションの重要な一部である。1910年代から40年代までのマテリアルとして、各地の農産物市場(バザール)から差し出された「バザール葉書」と呼ばれる使用済み官製葉書が挙げられる。葉書の裏面には市況情報が書き込まれ、宛先はたいていラージャスターンの商人である。バザール葉書は比較的ありふれたマテリアルだが、私が調査で訪れたパンジャーブの郵便局であれば、個人的な愛着を持ってコレクションに収める。驚くべきはその送達日数で、ほとんどの場合、パンジャーブの引受郵便局から2日ないし3日後にラージャスターンの配達局に届いている。英領インド・ビクトリア女王封筒のダカ郵便局での使用例(1892年)。右記アドニのポストから投函して29日後に届いた郵便物(2012年9月8日差出)。インドのハイデラーバードGPO前のポストとそこから郵便物を取り出す局員(2005年撮影)。緑色ポストが市内、青が近郊、赤がそれ以外宛て。 現在は国境が挟まってしまったから、パキスタン・パンジャーブ州の地方都市からインド・ラージャスターン州に宛てた郵便は国際郵便となる。コレクション用投函を航空郵便で一度だけ試したが、1週間以上かかった。国境が入らないパキスタンのラーホールからカラーチー宛て、インドのハイデラーバードからデリー宛ての普通郵便も試したが、バザール葉書の時代よりも日数がかかった。インド亜大陸内での普通郵便の深刻な遅延は、スピードポストなど特殊サービスを売り込むための策略ではないかと思いたくなる。 他方、インド亜大陸からヨーロッパや日本宛ての郵便が届く日数は、バングラデシュの首都ダカGPOの入り口(2013年撮影)。インターネットや携帯電話サービスのバングラリンク社の広告が局名看板と並ぶ。バザール葉書の例。英領パンジャーブのハーフィザーバード局(現在はパキスタン領)から1928年3月28日に差し出され、ラージャスターンのスィーカル局(現在はインド領)に3月31日に到着・配達。英領期に比べて顕著に短くなり、国内便と比較した相対的料金も安くなった。それでも遅延は起こる。インドのアーンドラ・プラデーシュ州の地方都市で投函した航空郵便が我が家に届いたのは、29日後であった。 英領期の郵便は、送達の速さもさることながら、引受郵便局の消印がおおむね鮮明で、配達局の消印も必ず押されている点がコレクションには好都合である。近年は郵便物に配達局の消印が押されないことが増えたし、そもそも局名が読めない汚い消印が増えたから、送達日数を郵便物で証明することもできない。そろそろ自分宛て郵便を投函する作業にピリオドを打つ潮時かもしれない。パキスタン・パンジャーブ州のハーフィザーバードGPO(2004年撮影)。インドのアーンドラ・プラデーシュ州アドニの街頭ポスト(2012年撮影)。ポストの裏の金色銅像はインド憲法の草案作成者として知られるアンベードカル博士。31
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