のお手伝いを頼むことにした。 2003年5月からゴリラの人付けのための長期調査が始まった。初めの1年間は誰が森の仕事に向いているか、またよく働くかを見定める期間だった。しかしここの村人たちの多くは自給自足をする農民であり、中には森を歩いたことのない人たちもいた。また私を含む全員がゴリラはおろか、他の動物さえ追う経験もなかったため、痕跡一つ見つからない日々が続いた。奇跡の日 ゴリラの人付けは、長期間森にこもってトラッカーたちと生活を共にするところから始まる。しかしムカラバ近隣の村には物資がほとんどなく、電話も通じない。定期的に日本と連絡をとり、食料や調査用具を調達するために、月に1~2回は車で約80kmのところにある町まで買い出しに行かねばならなかった。 忘れもしない2004年1月10日。本来であればその日は町に買い出しに行き、日本と連絡をとることになっていた。ところが数日前に私たちの車のタイヤがパンクし、修理のために町に出たばかりだった。そのためこの日の町行きは取りやめ、いつものように森に入った。朝9時、ゴリラたちが樹上で採食する現場に遭遇した。ゴリラたちは私たちに気が付き、彼らのうち数頭は叫び声をあげて木を降り、逃げ去ると思われた。ところがその数分後、獣道上を彼らの去った方向へ歩いていくと、15m先で私たちを観察する者がいるではないか。それはりっぱなシルバーバックであった。オスはオトナになると、背中が黒色から銀色に変わるため、シルバーバックと呼ばれる。オトナのオスの体重は約180kg、銀色に光る背中が、さらに体の大きさを増しているように感じる。しばらくすると横からほかのメスやコドモたちがつぎつぎと出てきて私たちを見ている。あるコドモは興味深そうに私たちの10mそばまで近づいてきた。この日私たちは追跡してきたゴリラグループのうち10頭を一度に確認し、30分間も近距離で観察できたのだった。 一般的にまだ人付けができていないゴリラの群れは、人間を見ると逃げるか、シルバーバックが吠えて観察者に向かってくるのが普通だ。しかしこの群れのシルバーバックは、逃げもせず、吠えもせず、コドモが私たちに近づいても後ろでじっと見守っていただけだった。この日の観察から、私たちは彼にパパ・ジャンティ(フランス語で「やさしいパパ」)という名前をつけ、このゴリラ・グループをグループ・ジャンティと呼ぶことにした。毎日の観察ができるまで この日以来、また彼らと再会し、観察するために、私たちはトラッカーたちと毎日森を歩いた。しかし簡単には事は進まなかった。果実の少ない時期(5~7月)になると今まで探していた場所ではゴリラの痕跡も見つからなくなったのだ。私たちは踏査範囲を10km2から30km2に拡大し、彼らをさがし続けた。その後徐々にグループ・ジャンティの移動ルートを知ることができ、月に数日しか遭遇できなかったのが、3日に1回、2日に1回と増えていった。それから3年半後の2007年7月、私たちはついに、毎日森でグループ・ジャンティと遭遇することができ、朝から夕方まで彼らを追跡することができるようになったのだ。さらに2008年6月にはメンバー全員を1頭1頭それぞれに区別し認識できるようになる個体識別が可能となり、その結果、この群れはシルバーバック1頭、オトナメス7頭、若者とコドモ12頭、計20頭のゴリラグループであることを確認した。人付けの過程で学ぶこと この10年間いろいろなことによく「耐えた」と思う。かゆい虫にたくさん刺されたり、現地の酒を飲んで腹を壊したり、トラッカーと口論になったり、あまりの悔しさにみんなの前で泣いたこともある。ゴリラの追跡にしても最初は月に数回痕跡を見つけるだけ、ゴリラの姿を見ることもなく、決まったルートを毎日毎日、何年も歩き続けた。 そして現在、ムカラバには人付けされたゴリラグループがいる。これは目に見える私たちの大きな誇りである。しかし業績は目に見えるものだけではない。初めは森の歩き方もマチェット(山刀)の使い方も知らず、ゾウがいればただ逃げ回るだけだった村の若者たちは、現在ではどっしりと落ち着き、自信を持って研究者たちを森へ案内する。短いとは言えないゴリラの人付けの過程において、彼らは確実に森についての様々な知識を得、しっかりと心に刻んできたのだ。この経験が彼らの子供たちを通じて次世代にも広がり、近い将来村人たちが元気に明るく過ごせる糧となってほしいと深く思う。 しかし人付けの成功は研究にとってはスタートラインだ。ゴリラを直接観察できるようになって初めて、彼らについて更に多くのことを知ることができるのである。現在のところ、ニシゴリラの社会や生態はまだわからないことばかりである。海外でしかも僻地での生活は確かにしんどいし、いろいろなことに耐える必要がある。しかし生活のしんどさは今や森の専門家である現地の人たちが必ず助けてくれる。そして何よりも朝日を浴びて日向ぼっこするゴリラの背中や、アカンボウをあやす母ゴリラ、人間の観察者の存在を忘れて遊び呆けるコドモたち、このようなものを見たときの感動は他では味わえない。少しでもゴリラに興味のある若い人たちには、ぜひアフリカに出向いて自分の目でこの世界を覗いてほしいと思う。29ツルの茂った森の中で休息するグループ・ジャンティ。銀色の背をもつパパ・ジャンティ。ムカラバ国立公園は森とサバンナがパッチ状に混在する植生を持つ。大木(Sacoglottis gabonensis)下で束の間の休息をとるトラッカーたち。
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