フィールドプラス no.11
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の神霊を自身に憑依させて饗応し、祈願・占い・託宣などを行った後、神霊を送るひとまとまりのプロセス――によって構成されている。ただし目的の異なるクッでも共通するコリが多い。まず梁先生の解説をもとに、『踊る大地球』(晶文社、1999年)の挿絵の説明から始めたい。スケッチを読む 掲載順に見ると、1枚目(p.53右)は武将たちの神霊を招く将軍コリの一場面で、梁先生によれば、丁鶴鳳が将軍の装束を身につけ、左手に将軍刀(写真1)を持って舞っている。2枚目(p.53左)は朝鮮最初の王とされる檀君を招く感興コリで、同じく丁鶴鳳が両手に神刀(写真1)を持ち、跳び上がったり、喉に刀を突き付けたりしている。3枚目(p.55右)は山口自身が余チャングンカルシンカル図3⃝軍雄コリ。マンシンを取り囲む3人の女性は弟子たち。図4⃝神霊に豚を丸ごと1頭捧げる。マンシンの隣の女性が依頼者か。図5⃝将軍コリ。白に「天文巨里」と書き込んでおり、人間の家や墓を管掌する天文神将を招くものだ。4枚目(p.55左)の大監コリは、家・村の守護神で武神・財福神でもある大監神を招く。5枚目(p.57右)はチノグィのサジェ・コリで、あの世から死者を連れに来た使者をもてなす。6枚目(p.57左)も丁鶴鳳の将軍コリだが、1枚目とは別の装束を身につけている。7枚目(p.59)は感興コリの開始の場面で、背景の祭壇は丁鶴鳳宅のものだそうだ。最後に8枚目(p.61右)は将軍コリのクライマックスをなすチャクトゥ・タギで、平行にならべた2本の草チャクトゥ切り庖丁(写真2)の上に丁鶴鳳が素足で屹立する(図1・写真3も参照)。手には占いに用いる旗を持っている。重複を避けるため、この8枚は『踊る大地球』でご覧いただくとして、ここには関連する別のスケッチを掲載した。 他の場面もいくつか紹介しておこう。図3は軍雄コリの「請神」、すなわち神を呼ぶ場面である。軍雄も将軍神の一種で、ここでは赤・青の鮮やかな衣装を身にまとい、右手に鈴束(紐のついた多くの鈴を束ねたもので黄海道独特の巫具のひとつ)、左手に旗を持っている。このコリでは動物の生血を神霊に捧げる。黄海道系のクッでは、軍雄コリやチャクトゥ・タギだけではなく、生きた豚や鶏をマンシンが殺し、血まみれになって神霊に捧げるなど、他にも荒々しいパフォーマンスが数々見られる。図4は豚を丸ごと1頭神霊に捧げる場面で、図6⃝七星コリ。写真3⃝京畿道の男性シャーマンによるチャクトゥ・タギ。背に豚を背負う。(2000年春撮影)腹に突き刺した三股の槍だけで胴体を支え、バランスをとる。手を放して静止するまで続けられる。倒れるのは神霊が供物に満足していないことの徴と解釈される。 山口の関心をまず引いたのは、将軍諸神、檀君、大監、軍雄など、霊能の強い怪力の神霊に憑依されたマンシンが行う荒々しく豪壮な所作や曲芸的なパフォーマンスであったと思われる。また、図5の将軍コリで、祈願者から受け取った紙幣を何枚も頬と顎紐の間に挟み、踏ん反り返って拝礼を受ける場面などからは、どこかしらコミカルな印象を受ける。見物客がマンシンの衣装を身につけ即興で踊るムガムソギを描いたスケッチもあり、諧謔的な要素も山口を楽しませたようだ。対照的に、七星コリを描いた数枚のスケッチには情感を込めた抑制された動きを見て取れる。人間の寿命を司る七星神や財福の神である帝釈などを祀るこのコリで、マンシンは白い頭巾・上衣と、鶴や牡丹の刺繍が施された鮮やかな赤・緑の帯を身につけ、首に長い念珠を掛ける。図6では手に持ったクェンジン(ケンガリ)という金属製の打楽器を叩きながら請神をしている。 山口の画技には梁先生も感心され、自著に掲載したいとおっしゃっていた。30年余りの時を経たこのスケッチが韓国でどのような反応を受けるのか。それを知りたさに山口がマンシンに降りてくるかもしれない。27

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