フィールドプラス no.11
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私は、トルコを中心とした地域の音楽や舞踊を多角的に研究しています。今回はその中で「踊る」ことに焦点をあて、舞踊と音楽の関連性に関する分析、動作分析、図像も含めて舞踊の歴史的な変遷をたどる分析、舞踊の社会的機能の分析、などを中心に、私の舞踊研究の一部を駆け足でご紹介したいと思います。トルコトルコの舞踊 私が主要フィールドにしているトルコで一般民衆に広く愛されている舞踊の一つは、やはり古くから各地に伝わる民俗舞踊でしょう。結婚式や割礼式などの祝宴の席では、集まった人々は子供から大人まで生演奏にあわせて、夜通し踊りあかすのです。黒海沿岸のホロン、トラキア地方のホラやカルシュラマ、エーゲ海沿岸のゼイベキ、東北地方のバル、南東地方のハライなど各地に特有の舞踊が存在していますが、どの地方の踊りをどこでも何歳からでも習得できる社会システムが文化観光省や教育省、青少年スポーツ省の下で整備されています。 このようなトルコ各地の民俗舞踊の授業に、私はイスタンブルのトルコ国立音楽院留学時、参加しました。ダヴル(大太鼓)とズルナ(ダブルリードの管楽器)のペアや、黒海のケメンチェ(弦楽器)など、地域ごとに異なる楽器の生演奏にあわイスタンブル16デュズジェアンカラコンヤアルトヴィントラブゾンせて動き、始まって数分で汗だくになる密度の高い授業です。その中でも手をつなぐ「連手」の踊りは種類が豊富です。連手の踊りは世界各地で見られますが、古代ギリシャの図像にも認められるように古くから地中海全域でも踊られていた舞踊形態の一つで、今でもトルコではこの踊りが盛んです。手のつなぎ方も腕を組んだり肩を組んだり、指をつないだりと様々です。上手な人の間に入ると両隣の人の肩の振動や脚の屈伸などの様々な動きが全部伝わり、それにつられて自分の体が一緒に動かされていき、効果的に感覚を覚えていくことができます。音楽と舞踊との関連性 私はもともと音楽を先に学んでいるため、音楽学の視座からも舞踊分析のアプローチを行います。その脈絡でトルコの舞踊を研究するために着目したのが、舞踊動作と拍子との関係です。 日本語にも手拍子や足拍子という言葉があるように、身体の動きはリズムを形づくると同時に、視覚的にリズムという音楽要素を捉えることを可能にします。日本でも有名なミュージカル映画にバーンスタインが作曲を手がけた『ウェストサイド物語』があります。この中で最も有名な「アメリカ」は3+3+2+2+2の下位構成拍子から成るフラメンコでもお馴染みの12拍で1サイクルの拍子構造を持ち、植民地としてスペインの文化を吸収したプエルトリコの音楽・社会背景が拍子からうかがえます。この曲での俳優たちの身振りは各下位構成拍子の1拍目を重要な区切りの一つとし、彼らの足や手の動きから拍子構造がわかります。 こうした2拍子と3拍子の多様な連結の総称である付加リズムはトルコを含めた東欧・西アジアトルコ東北部アルトヴィン県ボルチカの結婚式にて、バグパイプの演奏で踊る人たち。ここでも踊るのは男性が多い。トプカプ宮殿博物館。右側の建物に『サライ・アルバム』が保管されており、調査を行った。にもきわめて多く見られます。トルコでは9拍子は西側、10拍子は東側に多いなどの傾向があり、多様な拍子は地域ごとの民俗舞踊や音楽の特性、さらには近隣諸国との舞踊・音楽の関連性を示す重要な指標の一つともなっています。「アメリカ」同様トルコおよび近隣諸国の舞踊でも付加リズムの下位構成拍子の1拍目は、身体動作との対応性を見るうえで重要な単位で、旋律の動きや打楽器の打法と同様に、舞踊動作においても重要な結節点であることを示しているのです。 舞踊を記すこと――動作分析 動作の分析には、その場で提示された動作を自らの身体に即座にうつし、記憶していくことも重要な能力の一つです。自ら動くことは、目で確認できる外側からの動作の特性のみではなく、筋肉や身体の各部位の連携など内側の動作の特性を同時に理解するためにも大切な作業です。私は記録をしなければならない立場上、備忘録も兼ねて記憶が新鮮な休み時間の合間にノートに簡単なメモをとっていました。舞踊を記す記譜法にはラバノーテーションなど国際的に通用している表記の仕方が数種あります。私は踊りの単位をアルファベットなどにあてはめて拍子の単位とともに記す方法をよくとります(次頁図)。伝承者独自の動作のまとめ方や自らの分析の視点にあわせて、踊りの単位に対応させた記号を設定することで、その舞踊独自の特性をよりわかりやすく抽出することができる記号学的な発想に基づく方法です。類似の記号学的な舞踊記譜法はすでに1960年代にケプラーという舞踊学者が提唱しており、舞踊と拍子の相関分析の際、先行研究として大いに参照しました。三次元動作解析・記録も舞踊動作研究や本文中では紹介できなかったが、中央アナトリアのコンヤで生まれたメヴレヴィー教団の旋回舞踊。現在は、ユネスコの世界無形文化遺産に登録されている。旋回動作を伴うセマー(修行の一つ)を通じて、神との合一を目指す。イスタンブル、ガラタの修道場にて。FIELDPLUS 2014 01 no.11松本奈穂子まつもと なほこ / 東海大学踊る 2「踊る」現象を多角的に捉える

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