フィールドプラス no.11
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中国・ミャンマー国境地域のタイ族とタアーン族は、盆地の平地部と周辺の山地部に分かれて居住しながらも、様々な関係を築いてきた。ここでは上座仏教の実践に見られる民族間関係に焦点を当てて紹介する。タイ族の村の寺院に住むタアーン族女性修行者 筆者は、1999年から2003年にかけてミャンマーで生活した後、2005年までミャンマーの上座仏教と国家の関係について研究を行った。その後、中国側にフィールドを移し、2006年から2007年にかけて、雲南省徳とっ宏こう傣ダイ族景ジン頗ポー族自治州瑞ルイ麗リー市のタイ族農村T村で1年あまりを過ごした。瑞麗市の位置するムン・マーウ盆地は、その中央部を流れる瑞麗江にほぼ沿って中国とミャンマーに分かれており、国家の周縁部における仏教実践のあり方を調査するには絶好のフィールドだったためである。 調査を始めて驚いたのは、T村の寺院には僧侶が居住せず、ミャンマー側のナムカム郡出身のタアーン族女性修行者のみが4名、境内に居住していたことである。国籍も民族も異なる女性修行者が村落の寺院を管理する状況は、筆者にとって理解しにくいものだった。 一つの理由は、ミャンマーでは村落の寺院に必ず出家者が居住しているためである。これに対し、T村の寺院に居住するのは女性修行者であり、タイ語でラーイハーウと呼ばれる。ミャンマーでティーラシンと呼ばれる女性修行者と同様にピンク色の布を着用し、剃髪して修行生活を送るが、出家者とはみなされず、あくまで在家信徒と位置づけられている。 もう一つの理由は、ミャンマーの村落寺院では基本的に、村人と同民族の僧侶が住職を務めるためである。タイ族は、漢語では傣ダイ族、あるいは他地域のタイ族と区別して徳宏傣族と呼ばれる。彼らは盆地の平地部に居住し、おもに水稲耕作を営んでいる。日常会話で使用する言語は、タイ国の主要民族やミャンマーのシャン族と同系である。一方のタアーン族は、漢語では徳ドー昂アン族と呼ばれる。彼らは盆地を囲む山中に住み、中国側では現在、畑作を営んでいるが、ミャンマー側では茶の栽培で知られる。日常的に使用する言語は、ミャンマーのパラウン族と同系(モン・クメール系)である。 このように両民族は、山地と平地に分かれて居住しながらも、ミャンマー側ではタアーン族がタイ族に茶を販売し、タイ族から米や日用品を購入する関係が成立してきた。また1970年代頃までは、茶摘みの時期になるとT村の寺院境内に居住するタアーン族の女性修行者たち。T村の寺院で受戒した女性修行者。髪を切られながら心細くなり、涙を流している。断髪する二人は、先輩の女性修行者で、そのうちの一人は彼女の叔母にあたる。切った髪を白い布で受け止めている女性たちは、施主となったT村の村人である。T村の葬式で誦経する女性修行者。8仏教実践に見られる平地民と山地民の民族間関係中国・ミャンマー国境地域におけるタイ族とタアーン族の事例から 小島敬裕こじま たかひろ / 京都大学地域研究統合情報センター研究員

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