FIELD PLUS No.10
8/36

6Field+ 2013 07 no.10砂漠の中の轍をたどること2時間あまり、ようやく調査地のオアシスが彼方に見えてきた。遠目にも高さ30メートルほどの木がオアシスに密集しているのがわかる。これが私とナツメヤシの出会いであった。2009年よりアルジェリアで続けてきた、サハラの小さなオアシスでのフィールドワークから、ナツメヤシをめぐるオアシスの知恵と現代オアシスが直面する問題を考えてみたい。ナツメヤシと人類 ナツメヤシは私たち日本人にとって馴染みのある木ではないだろう。しかし、砂漠のオアシスに住む人々にとって、ナツメヤシは欠かすことができないものだ(写真1)。国連食糧農業機構の統計によると、2011年のナツメヤシの実(以下、デーツ)の生産量は全世界でおよそ750万トンである。同じ年の日本のコメ生産量が850万トンであることを考えれば、デーツの生産量は決して少なくないことがわかるだろう。アルジェリアの2011年の生産量は、69万トンで世界第5位であった。 ナツメヤシと人類との付き合いは、紀元前3000年頃にアラビア半島で始まった。高温・乾燥に強いナツメヤシは、砂漠にうってつけの植物なのである。20世紀に入ってアメリカ大陸やアフリカ南部でも栽培されるようになったが、ナツメヤシが分布する地域は、元来、西はモーリタニアから東はインダス川流域までと、熱帯砂漠の分布域とほぼ一致する。驚くべきナツメヤシの品種数 ナツメヤシには雌株と雄株があり、繁殖は通常、雌株の根元に生える「ひこばえ」を株分けすることによっておこなわれる。良質な実をつける親木から、同質の実を産する苗をとり、好みの品質の実を生産することが可能となるわけだ。オアシスの人々は長い時間をかけて好みの品種を作り上げてきた。その品種数は驚くほど多く、アルジェリアの場合でもわかっているだけで1000品種にも達する。それぞれの品種は、固有の味、色、固さを持ち、収穫期も異なる(写真2)。 研究のカウンターパートで、アルジェリア人植物学者のベンハリーファ氏の調査によると、私たちの主な調査地であるイン・ベルベル・オアシスで栽培されているナツメヤシ品種は38種に達した。かつては存在していたが今ではイン・ベルベルから消滅してしまった品種も7種ある。ナツメヤシ品種の多様性には目を見張るものがあるが、デーツの換金栽培が進んでいる地方では、保存性がよいデグレット・ヌール種の単一栽培導入によって品種多様性はなくなりつつあるのだ。この品種はヨーロッパにも輸出されている。水を得るための知恵―フォッガーラ  ナツメヤシは高温・乾燥に強いが、植物であるがゆえその栽培には水が必要だ。では水に乏しい砂漠でどうやって水を手に入れるのインドサハラは不毛にあらず、ナツメヤシをめぐる人間の知恵アルジェリアの小さなオアシスからの報告石山 俊いしやま しゅん / 総合地球環境学研究所プロジェクト研究員、AA研共同研究員写真1 ナツメヤシの古木を見上げる老人(イン・ベルベル・オアシス)。写真2 多様なナツメヤシ品種(ベンハリーファ氏)。図1 フォッガーラのしくみ。断面図 山地山地横坑(地下水路)岩盤 立坑立坑地表水路地表水路集落、農園集落、農園俯瞰図 イン・ベルベル全景。

元のページ  ../index.html#8

このブックを見る