5Field+ 2013 07 no.10発酵エンセーテを石臼で繰り返しすりつぶす。発酵エンセーテを焼いたパン。大勢のマロの人々でにぎわう定期市。首都アディスアベバのレストランでも食べられる発酵エンセーテ(コチョ)(写真左右。中央下はエチオピア固有の雑穀テフの粉を水で溶き発酵させてからクレープ状に焼いたインジェラ)。偽茎を構成する葉鞘に蓄えられたでんぷんをしごきとる。とさまざまに調理して食べられるようになる。 じつはこれらの調理法はエンセーテ独自のものではなく、コムギやモロコシなど穀物のものとほぼ共通しており、じっさい穀物の粉と混ぜて調理されることも多い。つまり、発酵というプロセスを経ると、エンセーテはいわば穀物になるのである。準備に手間がかかるため大人数の食事には適さないが、家族で囲む晩ご飯などでよく食べる。発酵しているせいか、深い味があり、毎日食べても飽きることがない。私は当初苦手だったが、今ではすっかりやみつきである。 つまりエンセーテには、収穫してすぐ調理し、大人数に提供してほとんどその日に消費されるイモ系列のシンプルな蒸し煮の食べ方と、時間と労力が必要なものの、発酵のおかげで保存が利き、穀物のように長期にわたって消費され、さまざまに調理される穀物系列の食べ方のふたつがあるのである。「オンナ」と「オトコ」 じつはこのふたつは品種にも関係している。マロにエンセーテの品種は60以上あるが、各品種は「オンナ」か「オトコ」のいずれかとされる(この区別は生物学的なものでなく文化的なものである)。生育は早いが大きくならない「オンナ」品種のエンセーテは未熟なうちに収穫し、通常蒸し煮にして消費する。他方「オトコ」品種のエンセーテはじっくり育てたものを発酵させて食べる。また「オトコ」品種はイモを大きくするため一番肥沃な土に植える。 マロの人たちは高度1000〜3000メートルの山地に暮らし、そのすべての高度でエンセーテを栽培する。ただ、その低地ではわずか数本を植え、時おり食べるだけなのに対し、3000メートル近い高地ではエンセーテは家を覆うように数百本びっしり栽培し、日々の食卓を支えるもっとも重要な食糧源となっている。またそうした高いところでは「オトコ」品種の株が多く、大半を発酵加工して食べている。なぜ発酵させるのか? しかしそもそも人々はなぜ手間と時間をかけてエンセーテを発酵させるのだろう。すでにみたように、エンセーテは発酵させないと食べられないわけではない。他のイモ同様、蒸し煮すれば食べられる。なのにエンセーテを常食する人たちはみな発酵させて食べている。蒸し煮は保存が利かないが、発酵エンセーテは保存が利くからだろうか。ただ数年経た株は一年中いつでも収穫できるため、収穫後長期保存しなければならない必然性はない。つまり、エンセーテの発酵は解毒や長期保存の必要に迫られてのものではないのである。 だとすると発酵エンセーテは独特な味わいがあり、人々がそれにやみつきになっているからだろうか。じっさい日常的に発酵エンセーテを食べている人たちは蒸し煮を貧者の食事といい、発酵エンセーテに高い価値をおく。エンセーテを発酵させるのは人々の好みの問題というわけである。もちろんそれもあるだろう。ただ本当にそれだけだろうか。稠密な社会を支える もうひとつ考えるべきは、エンセーテを多く栽培するところは人口密度が高いことである。マロでも低地より高地のほうが人口密度が高く、またマロ以上にエンセーテを多く栽培し発酵エンセーテを常食するシダマなどの地域は人口密度が1平方キロあたり300人をこえ、これはアフリカの平均の10倍以上で日本並みの高さである。逆にエンセーテを少ししか作らず、ほとんど発酵加工しないで食べる社会は人口密度も高くない。高地のほうが人口密度が高いのはアフリカでエンセーテの栽培地域にかぎってのことではないが、発酵させて食べるエンセーテ栽培地域の高地はそのなかでも例外的な人口密度の高さなのである。つまり、エンセーテを多く栽培すること、その大半を発酵させて食べること、その人たちが高密度に暮らすこと、これらは別々のことでなく、おそらく密接に関係している。 これまでもエンセーテの高い収量(単位面積あたりの生産量)がその栽培地域の高い人口密度を支えていることは議論されてきたが、発酵による栄養成分の変化もおそらく重要だろう。エンセーテを発酵させるのは人々の好みというだけでなく、彼らの稠密な社会を成り立たせる不可欠の要素となっているとみられるが、本格的な研究はこれからである。 アフリカのなかでもエチオピアの一部地域で栽培されるにすぎないエンセーテだが、そこには人々と植物そして食物をめぐる奥深い世界がある。私は発酵エンセーテともどもこの世界にやみつきとなってしまったようで、これからも調査を通じて考えていきたい。アディスアベバマロの土地エチオピア
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