FIELD PLUS No.10
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4Field+ 2013 07 no.10バナナに似たエンセーテの姿。幹のように見える部分は植物学的には偽茎とよばれ、葉鞘という特殊な葉が幾重にもかさなってできている。掘り出された巨大なイモ。エンセーテの蒸かしイモ。エンセーテの巨大なイモを細かく砕く。エチオピアにはバナナの仲間のエンセーテという巨大なイモをつける作物がある。蒸かしイモにする以外に、人々は手間と時間をかけ発酵させてから食べている。でもなぜわざわざ発酵させるのだろう。巨大なイモ アフリカ北東部のエチオピアではバナナと同じバショウ科のエンセーテという作物がもっぱらその地で栽培されている。バナナに似ていることからニセバナナと呼ばれることもある。ただしバナナのように食べられる果実をつけるわけではない。では人々はなぜエンセーテを栽培しているのか。 じつはエンセーテはその地でさまざまに利用されている。葉を使い捨ての皿にしたり、料理を持ち運ぶ包みに使ったり、葉の中央の葉軸と呼ばれる部分を乾燥させて紐にしたりと日常生活に不可欠な素材となっている。 しかしエンセーテを栽培する最大の目的は何といっても食糧源としてである。エンセーテは多年生で、約10年で花が咲き食用にならない実をつけて枯れる。人々は枯れる前の4〜8年ほどの株を収穫する。どう収穫するのかというと、民族ごとに多少方法がちがうが、私が調査で訪れるマロという農耕民の人たちはまず掘棒を2本使って株のまわりの地面を掘る。すると直径50センチ以上もある巨大な丸いイモ(正確には根茎)が露出してくる。半分ほど掘ったところで、幹のように見える部分(植物学的には偽茎という)を押し倒すと、ようやくイモが掘り出される。ここまでは男性が行い、このあとの作業は女性が担う。 ひとつの株にはひとつのイモしかできないが、その重量は何と20〜30キロ、大きいものだと40キロもある。ジャガイモやサツマイモの100倍以上ある。人間が食用に栽培するイモとしては世界最大級である。ふたつの食べ方 このエンセーテにはいろいろな食べ方があるが、大きくふたつに分けられる。ひとつは皮を削って5〜10センチ角の大きさに切ったものを土器に詰め、水を少量注ぎ、エンセーテの葉でふさいで1時間ほど蒸し煮するというものである。蒸かしイモと思ってもらえればいい。これだけだと無味なので、トウガラシや塩などの香辛料で味付けした葉菜と食べる。一度にたくさん作れるので、畑の協同労働(近隣の世帯間で働き手を出しあう労働慣行)など日中人が集まるときによく食べる。ほくほく感があっておいしい。ただしすぐ傷んでしまうため、収穫した日に調理し、その日か翌日には食べ切るのが基本である。この料理はタロイモやヤムイモ、サツマイモなど他のイモ類と共通した食べ方である。 もうひとつは発酵というプロセスを伴うものである。収穫したイモの皮をナイフで削ったら竹製の道具でイモを細かく砕く。また偽茎を構成する葉鞘をばらし、そのなかに蓄えられたでんぷんをしごきとる。これらは小さい株でもそれぞれ数時間、大きい株だと女性2人が1日がかりでようやく完了できる大変な作業である。最後にエンセーテの葉を敷き詰めた作業場でそれらを混ぜ、上からその葉を何枚もかぶせて覆う。発酵すると穀物に? 2週間ほどすると乳酸発酵の酸っぱい香りのする発酵エンセーテができる。エチオピアで広くコチョとして知られるものである。これはそのままでも数ヶ月もち、少しずつ取り出して用いる。ただそのまますぐ使えるわけではなく、1晩ほど重石をのせて水を切ってから石臼ですりつぶし繊維を取り除くなど手間と時間のかかる作業がさらに必要である。それでようやく円盤型のパンに焼いたり、蒸し料理にしたり、粒状に炒ったり、粥にしたりなぜ発酵させるのか? エチオピアの作物エンセーテをめぐる謎 藤本 武ふじもと たけし / 富山大学、AA研共同研究員

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