29Field+ 2013 07 no.10カイロ旧市街観光の目玉、フィシャーウィー・カフェ。以前に比べると外国人観光客の姿は少なく、売り子たちが血眼になって客引きをしている姿が印象に残った。セージを乗せて、政府の検閲を経ることなくウェブ上にアップロードすることで、彼らのような無名歌手が直接世界に発信することができたのである。 そういえば、先に紹介したタクシー運転手は、カーステレオにUSBメモリスティックを差していた。聞けば、インターネット上の音楽サイトからマハラガーンの楽曲を大量にダウンロードして聴いているのだという。かつてであれば、街角のカセット屋に注文して好みの楽曲の自家製コンピレーション(「カクテル」という)を作ってもらい、それをカーステレオで繰り返し聴くのがタクシー運転手たちの常であったが、そもそもマハラガーンの歌手たちはカセットもCDも出していない。ここ数年で、インターネットが若者のライフスタイルを変えた様子がうかがえるが、これは同時に、フリーのミュージシャンたちにとって直接リスナーに楽曲を提供する機会ができたことも意味していたのである。体制を支えてきた人気歌手 そもそもエジプトは、人気歌手を数多く輩出する芸能大国である。エジプト人歌手たちの歌声は世代を越え、さらには方言の壁を越えてアラブ圏に行き渡り、彼らの社会的影響力はきわめて強い。特にこの10年ほど、彼らはパレスチナへの支持を表明するアラブ主義的な楽曲や、国内の団結を訴える愛国ソングをことあるごとに発表してきた。ムバラク政権はこれらの歌謡曲については、政権への批判におよばない限りは寛容な姿勢を示しており、むしろ歌手たちの人気を利用して、国内の不満を外に向けたり、あるいは自分への支持を取り付けたりするように仕向けていた節がある。今回の革命でも当初から、大物歌手のアムル・ディヤーブがムバラクを支持する官製デモに姿を現したとか、若手人気歌手のターメル・ホスニーがデモを終わらせるようテレビで訴えたなど、スターたちの体制寄りの姿勢が目に付いた。 そんな中、大衆歌謡の大物歌手シャアバーン・アブドゥッラヒームは、「25日のタハリール広場」と題する曲を2月6日に発表した。日頃歯に衣着せぬ物言いで人気を誇るこの庶民派歌手は、革命のリーダーと目されていた元国際原子力機関事務局長エルバラダイ氏や、センセーショナルな映像ばかりを放映するカタールの衛星放送局アルジャジーラなどに対して辛辣な言葉を投げかけながら、デモを早く終わらせるよう主張した。 さらに、やや時代がかったラブソングで知られるベテラン歌手イハーブ・タウフィークは、その名も「エジプト人よ、さあ帰ろう」という歌を発表した。当時、国営放送で流れたというこの曲のビデオクリップには、デモ隊の若者が路上の車に火を付ける画像などとともに、従来の愛国ソングで使われていた「母なるエジプト」のイメージ映像——緑豊かなナイル河畔の景色、子どもたちの学習風景、さまざまな産業に従事する労働者の姿——が重ね合わされていた。こんな美しいエジプトを守るためにも、若者たちは一刻も早くデモをやめて家に帰るべきである! この曲は明らかにそんなメッセージを発していた。「自由の声」とその反響 座り込み開始から3度目の金曜日を迎えた2月10日、予断を許さない雰囲気のカイロから、1編のビデオが公開された。冬空のタハリール広場を歩くミュージシャン2人。彼らの口ずさむ歌の歌詞が書かれたプラカードを、広場に集まったさまざまな身なりの人びとが掲げている。大学生風の男女、ひげを蓄えた敬虔そうなムスリム、子どもを連れたお父さん、
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