FIELD PLUS No.10
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15Field+ 2013 07 no.10大阪東京名古屋 以下に紹介する失敗談は『東京プロジェクト2012年度活動報告集――世界との対話へ』として刊行された報告集でも少しふれているものです。インタビューにて ある日、東京プロジェクトが開催する料理教室などの日中活動に参加している男性にインタビューをさせてもらったときのことです。彼はすでに民間の無料低額宿泊所に入所していたのですが、しばしば東京プロジェクトの活動を手伝ったりしていました。快くインタビューに応じてくれた彼は、普段からもてきぱきと話す人でした。インタビューをするたびに私は緊張するのですが、一方で過去に名古屋や大阪で少なからず野宿者へフォーマル・インフォーマルにインタビューしてきましたので慣れも多少はありました。しかしこれが油断だったのでしょう。 インタビューがはじまって、彼は普段通り受け答えをしてくれていたのですが、野宿に至った経緯を教えてもらおうとしたときでした。彼の受け答えが明らかに歯切れ悪くなってきたのです。緊張されているのかな、という程度にしか感じていなかったのですが、彼の過去が徐々に語られるにつれて、彼の眼球が上へといってしまいました……。私も動転してしまい、慌ててインタビューを止めて、彼の背中をさすりながら、「大丈夫ですか。こんなお願いをしてすみませんでした」と謝り続けました。彼はなおも自ら語りだそうとしたのですが、今度は動悸がはじまってしまいました……。 横になってもらい、なんとか彼は落ち着いて、その日は施設へ帰ってもらうことができました。私はといえば、あまりの出来事にうちのめされてしまいました。 彼の過去をここで詳細に紹介することはできません。これまでにフォーマルなインタビューをした人のなかには「ここから先は言うのいややな、テープとめて」などと断りを入れてくれる人もいました。ところが彼は無理をしてでも話そうとしてくれたのでした。インタビューで過去を語ってもらうことは、過去の出来事をよみがえらせるため、彼のなかでは辛く、緊張を伴うものだったのだと思います。東京プロジェクトが関わる人々は精神科に通う人がしばしば存在します。彼もまた精神科に通院していたのですが、ここまで重い症状が出てしまった人は私にとって初めてでした。 自宅に帰ってからも、彼のことで頭はいっぱいでした。これから私の顔を見るたびに彼はまた今日のような症状が出てしまうのではないか……などと悩みました。調査の失敗? 彼の過去がすべて語られなかったことは、調査失敗でしょうか。でももし彼の過去がすべて語られてしまったとき、私は彼の過去とどう向き合っていいのかおそらく途方にくれていたと思います。それほどに、彼が語れなかったこと/語ってくれた片鱗は、私に大きく迫ってきたのです。 彼の過去は語られず、はっきりと知ることはできなかったので「失敗」なのかもしれません。しかし、彼と彼をとりまく環境について考えることは今回の経験をとおして思いもよらない形でおとずれてしまいました。 傷つけないことを前提にしたアカデミズムや、調査倫理の問題をどう考えていくか。調査技法の単なる失敗ですますことのできない領域がまだまだあるように思います。夏祭り。スイカはもったいないので「バケツ割り」。2002年頃はこの公園の木々の間に600を超えるテントが存在した。

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