34Field+ 2009 01 no.1Field+2009 01 no. 1[創刊号]フィールドプラスならば畑の収穫に何J(cal)のエネルギーが含まれたか、海や森からの獲物には何gのタンパク質が含まれたか換算して推計できるのだ。さて、各家で時には数十kgもある収穫のキャッサバやサツマイモを、20kg以下ずつに小分けして袋に詰めて、ばねばかりを顔の高さまで持ち上げて量った。それを4週間続けたのだが、まもなく筋力が音を上げた。村の若者がときどき手伝ってくれたが、とても逞しく、いつも楽々と持ち上げてくれた。やがて「今日も頼める?」と訪ねて行くと、くいっくいっと手の指を動かしてばねばかりを持ち上げるポーズをして、OKのサインをくれるようになった。人々の優しさにはいつも心より感謝している。 人類生態学という分野では数値のデータを取ることが重要だ。そのため様々な「はかる(量る、測る、計る)」道具を活用しており、身長計、皮脂厚計、体重計など生体計測機器も鞄に入る。学術用の高精度な身長計や皮脂厚計はとても高価だから個人では持たずに研究室で保管してあるものを借り出す。体重計は個人で買っても、現地の診療所で役立つため、差し上げてくることもしばしばだ。そのためこれらの道具への愛着はあまりない。ちなみに体重を量るとその人に必要なエネルギーやタンパク質の量が推計でき、ばねばかりで量った収穫の重さと結びつく。つまり、体重と芋の重さは別のものだが、エネルギーに変換すると、身体と植物を同じ単位でつなぐことができる。話は戻るが、他の計測道具としては、GPS(全地球測位システム)も日本から持っていくが、こういう電子機器は高機能とは裏腹にフィールドでは使いにくい。なぜなら電源が無いからだ。一日の調査が終わった後の夜更けに、森を歩いて隣村へいき、唯一の発電機を所有しているパラマウントチーフ(伝統的首長)の家で充電させてもらい、翌日の調査に備えた経験もある。このように苦労するから、目的と方法を決めたときしか持って行かない。 調査道具以外では、化学繊維とくにナイロン製ジャージの長袖と長ズボンが生活に必須だ。森や藪を歩くにも良いし、布団代わりにもなる。たとえば、敷物も掛け物もないところで寝るときに、このジャージを着て横になると、床とのクッションになり、かつ夜でも寒くない。おまけに熱帯夜でも適度に通気されて涼しく、なかなか快適なのだ。このような使い方をするととても汚れるが、乾きやすいナイロン素材のおかげで、たとえ湿度が高い熱帯雨林にいても、洗濯すると一日で乾いてくれる。同じジャージでも肌触りが良いものが欲しいもので、そしてそれは現地ではなかなか手に入らない。そうした道具で大きくなったバックパックを背負って、日本を旅たつ。忘れ物がないか確認するのはパスポートと航空券だけだが、こだわりの道具は忘れないように鞄の底に入れてある。フィールドワーカーの鞄古澤拓郎 フィールドワークに行くにあたっては、「パスポートと航空券さえあれば何とかなる」と考えているので、出発直前の忘れ物チェックはこの2つだけだ。村で暮らし、観察し、聞き取り、データを収集するために必要な物のほとんどは、現地にさえたどり着ければ町ででも手に入る。それはソロモン諸島のように物資が限られた国においても、質さえ問わなければ同じことが言える。しかし、そこまで割り切っていても私の鞄は大きい。日本から持っていきたいこだわりの道具があるからだ。 それはかっこいい最先端の機械ではない。代表はバネ式の手ばかり、通称「ばねばかり」だ。軽く小さくて仕組みも単純な道具だが、重い物を量ることができる。特に20kgの重さのものまでを、200gという精度で量ることができるものを愛用しているが、必要に応じて10kgまでを量れるものなどを併用する。計量器具も多くがデジタル化されているが、ばねばかりの必要性は依然として高い。まず、20kgも量る他の道具となると非常に大きく重くなってしまうが、ばねばかりだとたった300g程度で持ち運びしやすい。はかりの下についているつりがねに、量る対象をぶら下げるわけだが、対象を袋などに入れてぶら下げることもできるから(袋の重さは別に計測して)、どのような形のものでも計量できる。また、デジタル製品と違い、熱帯の高湿度でも壊れることがない。保証された精度は高く、それが数千円で買える。機能・価格・使いやすさを兼ね備えているのだ。研究データとして使うのだから、精度に狂いは許されず、信頼度が高い日本製にこだわりたい。実は愛着を持っている研究者はとても多く、私はまだまだ若輩者だ。 現場での活躍を紹介しよう。農耕社会で毎日の収穫を量り記録しようと、ノートとペンとばねばかりを持って村を歩きまわった。人々の行動は多様で、暑い日中を避けて早朝畑に行く人もいれば、日中を農作業に費やして夕方帰る人もいた。昼ごはんに芋が足りなくて近くの畑にちょっと出かける人もいた。そのため、海岸沿いの東西1kmに60軒の家が並んだ集落を、朝から晩まで何回も往復してはひたすら量った。重さは研究においてそれ以上の意味も持つ。たとえば食糧ばねばかり。元気な子供たち。集落を移動するとき子供がカヌーで送ってくれた。筆者の博士号取得を祝って、大型カヌー「トモコ」に乗せてくれた。散らかった部屋でバックパックや体重計がみえる。ふるさわ たくろう東京大学、AA研Fieldnetウェブ構築委員東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610
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