チュクチの「四季」

海外学術調査ニュースレター NO.40 1998年12月

 私は数年前からチュクチ語の調査のため、ロシア連邦チュクチ自治管区を訪れている。そこは地理的には、アジア大陸北東端、すなわち極北シベリアに位置しているため、一年のうち雪におおわれた季節が延々と続く。太陽が昇らない暗い「日々」と、想像を絶する酷寒のせいで、冬として数えられる季節が非常に長い。一方、ツンドラから雪が消え、極地の「白夜」が訪れて、ようやく夏の気分を楽しもうとする間もなく、例の悪名高き蚊の襲来に遭う。このような自然環境に暮らすチュクチ族は、雪の有無、太陽の出没、蚊の発生などの自然現象と自分たちの伝統生活のリズムに基づいて、季節の移り変わりを細かく分類している。すなわち、彼らは一年を大きくγ ron、ktkt、elen、erγer、leleという五つの季節に分ける。また、長い冬を反映して、leleという冬に当たる季節をさらにγtγan、quulet、niwlewという三つに分けている。

 四月の上旬から五月の中旬までをチュクチ語ではγronと言い、トナカイの出産を迎える時期である。彼らは、このγronがロシア語でvesnaと訳されいるところを見ると、これがいわば彼らの「春」当たるらしい。しかし厳しい寒さはかなり弱まったとはいえ、広大なツンドラ一帯はまだ雪の世界のままで、我々が想像するぽかぽかと暖かい「春」とはおよそかけはなれている。一度この季節に現地を訪れた私は、「春」とはいえ、マイナス二十度の寒さにあまりにもびっくりしたものだった。最初に会ったチュクチ族の老人に「まだ真冬じゃないか」と言うと、「お前は何を言っているんだ、もうすぐ仔トナカイが生れるだろう。春なんだよ」と言われたものだ。

 トナカイの出産が終わり、やがて五月の中旬も過ぎると、ようやく雪が解け、その下からツンドラ本来の姿が顔を出す。チュクチ族はこの時期をktktと名づけ、一年のうちもっとも過ごしやすい季節であると考えている。女性や年寄り、小さい子供たちは遊牧しているトナカイの群れから離れて、jaraと名づける夏用のテントで暮らすようになる。一方、力強い男性たちはトナカイの群れの放牧に出かけ、家族と離れ離れの生活を送る。この時期、ヒグマが冬眠から目覚め、ツンドラを歩き回るのは少々危険だが、草が芽吹き、気温はそれほど高くないとはいえ、比較的穏やかな天気の日もあって、彼らがこの季節をロシア語で「初夏」と説明するのもうなずける。この季節はトナカイや飼い主が疲れ果てた体を休ませ、ほっと一息ついて、次の厳しい季節を迎える心の準備をする時でもある。

 その次にやってくるのが、elenという夏の季節である。ここ季節の到来とともに、悪名高き蚊の襲撃が始まる。気温が少し上がると、ツンドラにはキノコが大量に生えてくる。トナカイたちはキノコを求めて、またときには蚊を恐れて、とどまることを知らずに走り回る。この季節はまた、太陽が沈まないため、延々と昼が続きく。オオカミから群れを守るために、牧夫たちは群れの後を追って必死で走り回る。elenは六月中旬から八月中旬まで続き、蚊が消えてなくなるとともに、去っていく。

 八月の中旬も過ぎると、日没時間が次第に長くなっていく。北極海からは冷たい風が吹き、雨が雪に変わることもしばしばである。チュクチ語ではこの季節をerγerといい、これがチュクチ族にとって「秋」に当たるそうだ。草が黄色に変わり、渡り鳥が群れを成して、南に向かって旅立つ。それを眺めていると、何となく寂しい感じがするが、一方、極地にしか見られないオーロラが空を飾って美しい。ツンドラの遊牧民は仔トナカイを殺すお祭りを済ませ、女性たちは寒い冬に備えて、大急ぎで毛皮の服作りに励む。

 そしていよいよleleという本当の「冬」がやってくる。まず、十月になると、ツンドラには雪が降り積もり、川が凍って、γ tγanという季節に一気に突入する。この季節になると、雪が解けてから離れ離れだった家族が再び合流し、トナカイ橇に乗って、移動を開始する。太陽が顔を見せるのはほんの数時間になり、暗黒の時間がさらに長くなる。そして十二月のはじめごろになると、太陽は完全に姿を消すところか、真っ黒の世界となり、この状態は一月に入っても続く。この時期をチュクチ語ではquuletといい、飢えたオオカミにトナカイの群れが襲われる最も緊迫したときでもある。牧夫たちはそれを防ぐため、二十四時間、群れのそばから離れない。二月に入ると、しばらくの間、休んでいた太陽が再び顔を見せ、それに伴って昼が誕生する。日照時間が伸びていくことに着目して、チュクチ語ではこの時期をniwlewというが、これは文字通り「長くなる」を意味する。とはいえ、この時期は一年のうちもっとも寒い時でもあり、気温は、時にはマイナス四十度を超える。この厳しい寒さは三月の末まで続く。それでも遊牧民たちはトナカイがもっとも痩せ、食料が不足する五、六月に備えて、トナカイを殺して、干し肉を作ったり、新しい土地を求めて、転々と移動したりして、黙々と伝統的な生活を続けていく。

 このように、チュクチでは、自分たちの生活を取り巻く極地特有の自然の流れに沿って、一年は「四季」ではなく、「七季」となったのである。

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