多言語状況データベース  ケニア
小馬 徹

 
1.国名(通称、正式名称、英語名) 
 
ケニア、ケニア共和国、the Republic of Kenya

 
2.「国語」、「公用語」など
 
2.1.「国語、「公用語」などの相当する言葉の有無:有
2.2. (存在する場合)その言語・・国語(national language) :スワヒリ語 
                    公用語(public language) :英語 
2.3.その指定の根拠(法、その他):憲法(以下参照) 

 
3.当該国(地域、行政区分)の諸言語、および関連する政治社会状況の概況: 
 
ケニアで使用されるアフリカ固有の言語は、a)バントゥ諸語(ニジェ−ル・コルドファン語族ニジェール・コンゴ語派ベヌエ・コンゴ語群)、b)ナイル諸語(ナイル・サハラ語族シャリ・ナイル語派東スーダン語群)、c)クシュ諸語(アフロ・アジア語族クシュ語派)、その他に大別できる。東アフリカのリンガ・フランカであるスワヒリ語はa)に属する。この他に、英語、英国植民地時代に労働者としてインドからやって来た人々の幾つかの母語や、アラビア語も使われている。 

今日、行政や教育の次元では、・国語(スワヒリ語)、・公用語(英語)、・土着語[vernacular](スワヒリ語以外の土着の言語)、・外国語(上記の範疇に属しない言語)に分けられている。なお、・土着語は公式に認定された42部族(tribe) の言語に対応する42言語を指す。これ以外に、主に都市の学生を中心とする若者が用いるシェンと呼ばれる、スワヒリ語・英語・各種固有語が混成したピジン言語が見られる。
 


 
4.憲法、その他の法規における言語の扱い
 
[憲法]
4.1.当該憲法の名称:
The Constitution of Kenya  
4.2.当該憲法の施行年:
1964 
4.3.当該憲法において、言語(多言語)について言及している条項と内容 
第3章(国会)第1部第34節(被選挙権資格)(c) :国会議員の資格を得るには、盲目か他の身体的欠陥のゆえに不可能でない限りは、国会の運営進 行において積極的な役割を果たすに十分な英語とスワヒリ語の読解能力を国会議員選挙候補に指名推薦される日に有していなければならない 
第3章(国会)第1部第34節(公用語) 
(1):国会での公用語はスワヒリ語と英語とし、国会運営はこの二言語のいずれか、または双方でなされる 
(2):(決議に付帯する覚書を含めて)国会の全ての議案、法令化される全ての決議、国会の決議による他の全ての立法とその提案、一切の財政上の決裁とその関連文書、および以上に関する全ての修正とその提案は、英語で書くこととする 
(3):国会の全ての議事録は、(決議に付帯する覚書を含めて)国会の全ての議案、法令化される全ての決議、国会の決議による他の全ての立法とその提案、一切の財政上の決裁とその関連文書、および以上に関する全ての修正とその提案、ならびに必要な場合は問題点の文章化も含めて、英語で書くこととする 
憲法修正条項(constitutional amendment act)第1, 1974:スワヒリ語を国会の公用語とする 
憲法修正条項第1, 1975:スワヒリ語と英語を国会の公用語とする 
憲法修正条項第1, 1979:英語を全文書の公用筆記語とする 

 
5.国会、官公庁等における使用言語(公用語)
 
[国会、官公庁等]
5.1. 国会、官公庁等における主使用言語の名称:英語、スワヒリ語
[憲法]
5.3.憲法を書き表すのに用いられている言葉:英語

 
6.教育における使用言語(教室での使用言語、教科書での使用言語)
 
[教室]
6.1. 初等中等教育における主使用言語の名称:
スワヒリ語(初等教育)、英語(中等教育) 
6.2. 初等中等教育において他の言語の使用が認められている:
初期初等教育でのみ認められている 
6.3.上記の場合、その言語:当該地域の主要部族語、インドの諸言語 
6.4. 高等(大学)教育における主使用言語の名称:英語のみ
[教科書]
6.5. 初等中等教育用教科書を書き表すのに用いられている言葉:
スワヒリ語(初等教育)、英語(中等教育) 
6.6. 高等(大学)用教科書を書き表すのに用いられている言葉:英語のみ 
6.7. 初等中等教育で教えられている言葉:
その地域の部族語(初期初等教育)、スワヒリ語(後期初等教育)、英語(中等教育)
6.8. 代表的な大学で教えられている言語:
英語、スワヒリ語、フランス語、ドイツ語、日本語

[問題点・解説] 
6.9. 教育での使用言語をめぐる問題点:
第一に、初等(小学校)教育での部族語 (3年次まで)、スワヒリ語(4〜6年次)、英語(7、8年次)という3つの言語の併用の困難さは、親の学資不足と共に早い時期での学童のドロップ・アウトの主要な原因である。次いで、スワヒリ語がバントゥ諸語の一つであるので、バンツゥ諸語を母語とする地域とそれ以外の地域での習得の難易に格段の差があり、教育水準の地域格差の主要な原因の一つになっている。また、同じ理由から、良質のスワヒリ語教員が不足している。また、地方では教員の英語力が大きく落ち、文法的な誤りが拡大再生産されている。さらに、部族語、スワヒリ語、英語という価値の階層化が明確である。これは、放送公社(KenyaBroadcasting corporation)による全国一律の教育放送が英語でなされるとい う現実を、少なくとも幾分かは反映している。最近地方でも簇生している私立小中学校では部族語やスワヒリ語を軽蔑し、抑圧する傾向が著しい。特に、日本政府が方言撲滅運動で採用した「罰札」(沖縄では「黒札」)に似た、母語や固有の共通語に対する恥の感覚を梃子にした英語普及技法が見られるのは注目に値する。淵源は、ミッション・スクールの伝統にあるらしい。

6.10. 教育システムに関する解説:
それ以前の「7・4・2・3」教育を廃して、1985年度からは各水準での完結教育を目指す「8(小学校)・4(中学校)・4(大学)」教育を採用。初等・中等教育に実際的な職業訓練を導入しようとしたが、受験戦争の煽りを受けて成功していない。また全国一斉の卒業認定資 格試験で受験できる科目が上記の改革を期に一気に増えたのだが、その結果、国営放送(VOK) の教育放送の各科目の授業時間が切り詰められて質の低下を招いた。この変化は、他に教育機会がほとんど得られない地方には特に大きな打撃となった。 

 
7.放送における使用言語
 
[全国放送] 
7.1. ニュース放送の主言語:英語、スワヒリ語 
7.2. ニュース放送の副言語:なし 
7.3. ドラマ、歌(等)で用いられる言葉:英語、スワヒリ語 
[地方放送] 
7.4. ニュース放送の主言語:英語、スワヒリ語 
7.5. ニュース放送の副言語:各地域の部族語 
7.3. ドラマ、歌(等)で用いられる言葉:各地域の部族語、スワヒリ語 
[問題点・解説] 
7.7. 放送での使用言語をめぐる問題点:
英語は、学校教育を受けた若い世代、特に都市住民(つまり識字階層)にしか理解されない。地方ではスワヒリ語放送の受信が中心となるものの、多くの女性は現在でもスワヒリ語をよく理解できない。したがって、女性の社会的な地位向上のためにも各部族語による放送を一層普及させる必要がある。また、国営(VOK)やその後身の公社(KBC)による唯一の全国放送能力をもつ放送局のスワヒリ語プログラムが演説を初めとする大統領の日々の動静が放送の中心になっているという問題がある。

7.8. 放送システムに関する解説:
長らく、国営のVOK(Voice of Kenya)が英語とスワヒリ語による全国放送を独占してきた。VOKは、1987年に公社化されてKBC(Kenya Broadcasting Corporation)となった。同放送局は、英語地帯(首都ナイロビ)とスワヒリ語地帯(海岸部)以外で部族語放送をするために、キスム(カレンジン語、ルオ語、グシイ語、ルイア語、スバ語、テソ語、ポコット語)とナイロビ(ギクユ語、カンバ語、エンブ語、メルー語、マサイ語)に地方局をもっている。1980年代に、ケニアに対する援助主体である先進各国や世銀・IMFの圧力で経済や政治の自由化が進んだが、この時に同時に放送の自由化を求める機運が高まった。その結果として数多くの、しかも多様な方向性をもつ私営のFM局が首都ナイロビを中心に開設された。この中には、ギクユ語のみで放送する局が2つ含まれる。また全国放送を望む局も現れたが、周波数の配分権を握っているケニア通信委員会(Communications Commission of Kenya)は頑に拒否し続けている。その背景には、政権党地域にまで政府批判の声が届くことを恐れる大統領や政府の姿勢があると批判されている。TV放送もまた1980年代に政府の独占が解けて多様化したが、使用言語は英語とスワヒリ語に限られている。特に、多くは英米制作の番組の流用であり、地方では(特に年輩者を中心に)性表現を初めとする慣行などへの反発や批判が強い。また、(高所得者が中心の)地方の視聴者は英語を理解しない。その結果、プロレスを初めとするスポーツ番組の人気が高い。 

7.9. その他(衛星放送受信について等) 
まだ電線が届いていない地域が多いので、地方の農村部ではTV放送を直流の蓄電池で見る場合が多い。衛星放送もこのスタイルで視聴可能である。マサイ人の住む広大なサヴァンナ草原に点在する、泥と牛糞で固めたマサイ人の伝統的な小屋からTVアンテナが突き出ている光景も散見される。 

 
8.国勢調査における母語・使用言語調査のありかた 
 
8.1. 国勢調査における母語・使用言語に関する調査の有無:なし 
8.2. 質問がある場合の尋ね方 
選択肢から選ばせる方式か否か:否 
8.5. 国勢調査で使われる言語:英語。英語を介さない者には、面接員が部族語に翻訳 
8.6. 国勢調査の結果の公表において使われる言語:英語 
8.7. 国勢調査結果の言語関係情報のまとめ:項目なし 

 
9.出版物 
 
9.1.新聞はどんな言語のものが読まれているか:
日刊紙で圧倒的なのは英語版、次いでスワヒリ語版。小さな週紙、隔週刊紙、月刊紙には部族語のものが幾つか見られる。 
9.2.雑誌は何語で出版されているか:
一般誌で圧倒的なのは英語版、次いでスワヒリ語版だが、英語版の優位は新聞の場合以上。学術誌は、スワヒリ語研究を別にすれば、ほぼ全てが英語で刊行されている。ただし小型の廉価な書籍、特に民族の歴史や文化、あるいは伝承や民話は、以前から主要な部族語で書かれたものが少なくない。 
9.3.小説や詩は何語で書かれるか:
圧倒的なのは英語、次いでごく僅かにスワヒ リ語。ただし、ングギ・ワ・ティオンゴのようにギクユ語で(も)書く作家がごく少数いる。 

 
10.その他での言語使用
 
1963年の独立の直後、西欧人(有名人や植民者)に因む名前をもつ湖などの自然物や街路がアフリカ化された。ただし、その表記は英語によるか、英語とスワヒリ語で併記する。

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