第2回研究会発表要旨

海老原志穂「チベット語アムド方言の格体系」

チベット語アムド方言では, 名詞類 (名詞, 代名詞, 形容詞, 数詞) に格表示が可能である. 代名詞以外の名詞類については, 格助詞付加, ゼロの形式, または母音交替による以下の7つの格表示がみられた. 代名詞のみは以下に示したのと表示の仕方が一部異なる.

能格と属格の =kə, =ki, 母音交替 (/a/ > /i/) は同形であるが, 能格のうち, 「材料」と「手段」を表す用法においてのみ, =kə, ki, 母音交替の他に, =kʰariという形を用いることがある.

2音節以上で, 語末が /a/ で終わる名詞のみ, 能格, 属格を母音交替で表わすことがある (hlama 「高僧」 > hlami 「高僧が, 高僧の」). ただし, この場合にも =kəあるいは =kiという能格助詞, 属格助詞を用いて表わすことも可能である.

与格の =Caのみは複数の交替形 (/ka/, /na/, /ŋa/, /wa/, /a/, /o/) をもつ. 代表形として =Caという形を用いる. =Caは母音に後続する場合には, /a/, /o/ という形で現れることもあるが, この場合には与格助詞自体が発音されないこともある.



高橋 慶治 "Case forms and other postpositions in Kinnauri (Pangi dialect)"

本発表は、西ヒマラヤ諸語に属するキナウル語の格形式を紹介するものである。

キナウル語には、絶対格、能格-具格、与格、位置格、奪格、属格、共格がある。

絶対格は、自動詞の主語と他動詞の目的語になることができる。能格-具格は、能格として他動詞の主語になることができ、具格として道具を表す。他動詞の主語に能格が用いられ、目的語に自動詞の主語と同じ絶対格が用いられるという点で、キナウル語の他動詞文は能格型であると言える。なお、他動詞の主語が絶対格で現れることができるという意味で、いわゆる能格の分裂という現象は見られるが、自動詞文で能格が現れないという点では、自動詞の分裂という現象は見られない。また、具格は、通路や身体的感情的状態を表す例がある。

与格は、いわゆる二重目的語構文で間接目的語を表す格として用いられる。しかし、ヒマラヤの諸言語によく見られるように、キナウル語においても直接目的語に与格形式が用いられる。絶対格形式を一次目的語、与格形式を二次目的語とする現象である。キナウル語での特徴は、与格形式が有生性の高い目的語だけではなく、無生名詞でも使われることであり、おそらく目的語の特定性が高いとき、与格になると言える。

位置格は、空間的時間的位置を表す。意味の異なる数種の位置格的後置詞がある。

奪格は、ある位置や時間から離れる起点を表す。比較の基準には用いられない。

属格は所有を表す。所有構文においては、譲渡不可能な所有物の所有者であることを表す。

共格は共同行為者を表す。これを他の格形式と同等のものと見なすかどうかは議論の余地がある。それは、共格は名詞が属格形になった上で現れることがあるからである。

最後に、属格名詞とともに用いられる後置詞的な名詞をこのあと紹介した。「~の上に」、「~より」(比較の基準)、「~のそばで」などの意味を表す。



白井聡子「ダパ語の格標識」

ダパ語において、名詞の文法関係特定に関わる形式としては次のようなものがある(それぞれの形式を簡略表記し、角括弧内におよその性質を示す)。なお、1.を除いて、すべて名詞の後方に付加される形式である。

  1. ゼロ
  2. rə [属格]
  3. wu [対格/与格/位格]
  4. ta [場所(上)/位格/被害者]
  5. kə [場所(内部)]
  6. ʑə [場所(下)]
  7. ʈo [場所(傍)]
  8. ji [受益者]
  9. la [所属場所/所有者]
  10. nʌ [共格/位格]
  11. ɴtsha [共格]
  12. ma [比格]
  13. その他、二次的と考えられる形式。

本発表では、これらの形式の用法を記述し、機能を検討した。その中で、次のような点が問題となった(文中の番号は、上記の各形式に付した番号に対応する)。



加藤昌彦「ポー・カレン語の「格」」

本発表ではポー・カレン語における名詞類の対主要部関係を表す方法を概観した。

ポー・カレン語は他のカレン系諸言語と同様にSVO型の言語である。他動詞文の動作者(A)と被動作者(P)は語順によって示される。すなわち動作者を表す名詞句は動詞に前置され、被動作者を表す名詞句は後置される。

主語、目的語、助数名詞句は裸のままで節中に現れることができるが(ときに時間的概念を表す名詞句も)、これ以外の名詞句が節中に現れるためには機能語による助けが必要である。この役割を果たす語として、側置助詞、側置名詞、場所名詞の3つがある。

側置助詞は他の言語の preposition や postposition に相当する機能語である。側置助詞には l@:「~(場所・時間)に/~(場所・時間)から/~(場所)まで」、thoN=「~(場所・時間)のあたり」、de=「~(道具)で/~(随伴者)とetc.」、be. ~ To_「~のように」、nI.「~(大きさ)くらい」、xwe_「~(量)くらい」、ba:chaiN.「~に関して」、t@khO.l@:「~(時間)からずっと」、phO_「~(時間)のうちに」がある。

このうち注意すべきは、l@:が場所・起点・着点のすべてを表すことができるという点である。発表では、l@:が場所・起点・着点のいずれを表すかの解釈は文脈に依存すると述べた。しかし、発表後の議論において、名詞の後に置かれた名詞修飾助詞 jo_ (近傍を表す)と 'o_ (遠方を表す)が、起点および着点のいずれを表すかの解釈に重要な役割を果たしている可能性が指摘された。

側置名詞は、側置助詞と同様、節中に名詞句を導入する機能を持つが、名詞としての特性も有している。この範疇に入るものとして、'@gaN=「~のため」と '@'O:「~のところ」がある。'@gaN=は、受益者を始めとして、目的、判断の基準点、感情の対象、代替される対象、依拠する情報等さまざまな意味を表す。

場所名詞も側置名詞と非常に似ているが、単独で発話を形成することができるという一点において側置名詞と異なっている。この範疇には、'@phaN.khU:「上」や'@phaN.la:「下」を始めとして、16個の形式が含まれる。

最後に、この言語を特徴付ける重要な助詞群の存在を指摘した。ポー・カレン語では、節中に新しい名詞句を導入しようとする場合、名詞句の側にマーカーを付けるのではなく、動詞の側に助詞を付けることで名詞句を導入することがよくある。この点で例えば隣接する同系言語のビルマ語よりは head-marking 的な傾向が強いと言える。このような傾向は他のカレン系諸言語にも見られることである。