バントゥ諸語の名詞の基底形

加賀谷良平


 日本語や中国語との比較のために,バントゥ諸語の名詞音調形の基底形を類型 的に論じた。また,基底形*(音調)規則群=表面音調形(定数)なので,基底 形の可能性を論ずることは規則の妥当性を論ずることに通ずる。発表では語幹の 音節数の多い名詞を対象にしたが,これはアクセント(位置)の規則性を検証す るためであり,また例とした主な言語は筆者がこれまでにその資料を収集した言 語である。バントゥ諸語では,名詞の語幹音節数は最大4音節程度までしか見つ からない。この理由の一つは,バントゥ諸語には,日本語に見られる語声調の統 合機能(複合機能)が存在しないためと考えられる。なお,以下でいうアクセン トとはトーンが Association Convention によって連結する音節の位置である。 また,トーンとはトーンメロディを指し,早田氏が東アジア諸言語(含上海語) で主張するトーンとは必ずしも一致しない(後述)。

 バントゥ諸語には日本語によく似た基底形を持つ言語が見つかっている。例え ば,スワヒリ語(タンザニア)は語の次末音節だけが高く現れ,いわば一型であ る。クワャ語(タンザニアのビクトリア湖東岸)には二つの型が有り,その一つ では語幹の音節数に応じてある定まった位置の音節だけが高く現れ,もう一つで はいかなる音節も高く現れない。また, レンジェ語(ザンビア)は東京方言と 同じ基底形を持ち,全ての音節にアクセントが位置し(これを非限定アクセント と呼ぶ),またアクセントの対立だけで,その(表面)音調形( Surface tonal pattern )を誘導できる。筆者の知る限り,バントゥ諸語ではレンジェ語のよう なアクセントだけで対立する言語は多く見つかっているが,トーンメロディだけ で対立する言語は見つかっていない。

 アクセントとトーンメロディの双方が対立する言語は多く見つかっている。シ ョナ語(ジンバブェ)やパレ(タンザニア)語は非限定型のアクセントとトーン メロディ(H, HL, L, LH)で対立し, またそれらだけでその(表面)音調形を 完全に予測できる。バクエリ語(カメルーン)も非限定型のアクセントとトーン メロディ(H, HL, L, LH)で対立する。しかし,ショナ語やパレ語とは異なり, アクセントより前の音節の音調は自動的には定まらず,いわば京都方言の高起 式,低起式に対応する情報が基底形に必要である。但し,この「式」は日本語の 語声調や式のように複合語での単語と単語を統合し結合する機能は持たない。

 早田氏は,東アジアの諸言語に関し,日本語の語声調(及び式)と上海語のよ うな声調を合せてトーンと定義した。しかし,これまで見てきたように,バント ゥ諸語ではトーンメロディと呼んだ,中国語の声調に対応するトーンと,アクセ ントのある音節より前の音調を決定する語声調(式)とは明らかに異なり,基底 形にはアクセント,トーンメロディ,更にはバクエリ語に現れるような一見日本 語の式に相当する情報が必要であり,これらの3種の情報は互いに独立している と言える。

 非限定アクセントに対して,限定アクセントを持つ言語も見つかっている。例 えば,ズールー語(南アフリカ)は語幹の音節数に関わらず,アクセントは語幹 頭音節と語幹次頭音節以外には位置し得ない。この点で日本語のアクセントとは 異なる。またズールー語のトーンメロディにはHとLの対立がある。

 以上をまとめると次のようになる。

          日本語     中国語     バントゥ諸語

アクセント     非限定     不要      限定/非限定

トーンメロディ   対立無     対立有     対立有/対立無

語声調(式)    統合機能あり  不要      統合機能なし

          多音節     一音節     多音節