中国語諸方言から帰納した声調調値変化の方向性

遠藤光暁


この発表では、1)現代に観察される同一方言内の世代差、2)近過去の文献資料 の記述と現代方言の比較、3)調類が合流した方言と隣接する未合流の方言との比 較、という三つの方面から、中国語諸方言に見られる声調調値の変化の実例を収 集した。ただし、記述の信頼度が高いものを対象としないと、客観的に生じた言 語変化ではなく、記述者の違いによる観測誤差も拾い込んでしまう恐れもあり、 今回はいくつかのパイロットケースを扱うにとどまった。

その結果、平山久雄「官話方言声調調値の系統分類」『言語研究』86、1984年 などで提唱されている「還流説」に沿わない変化が多く見出された。一例を挙げ ると、呉方言に属する呉江・盛沢では陰平が趙元任の1928年の報告では高降調で あるのが銭乃栄の1992年の報告では高平調になっており、「還流説」によると高 平調が高降調になる変化は生じ易いがその逆の変化は非常に起こりにくいとされ るのに対して反証となっている。そして、高降調が高平調に変化したかに見える 例は他にも存在する。

この矛盾を如何に考えたらよいか?記述が間違っているのか、上記の帰納的な 研究方法が間違っているのか、それとも「還流説」が間違っているのか?それに 解答を与えるには今回収集した例のみでは未だ材料が不十分であり、更に多くの 事例を収集して声調の歴史的研究に対する経験論的基礎を与えたいと希望してい る。