音節構造と音節の新理論

原口 庄輔



 従来の音節理論のほとんどは、Cairns(1988)やFujimuraの一連の論考を除けば、順序づけられた分節音(segement)の連続に基づいて音節構造を構築すると想定している。本発表では、FujimuraのC/Dモデルの基本的考え方にほぼ立脚して、弁別素性からなる音節(syllable)が音韻論の基本単位であり、音韻論の基底表示では、順序づけ(Linearization)は不要であり、順序づけは後に(語のレベルで)音声構造を導く過程において確定され、それが、物理的な音声構造に対応すると仮定する。  このような仮定の下で、従来の音節理論とは全く異なる新理論を提唱し、それを音節の集合理論(Set Theory of theSyllable 以下、STS)と呼び、次のようなシステムからなっているという主張を展開した。

 (1) 基底音節構造  順序づけのない弁別素性からなる

    | → 順序づけ(Linearization)

 派生音韻構造  順序づけられた構造

    |

 音 声 構 造  順序づけられた分節音の構造

    |

 物理的音声レベル

(2) a. s consists of the sets {{P-fix}, {Syllabic Root}, {(S-fix}}.

  b. The Syllabic Root consists of the sets {{Onset}, {Nucleus},{Coda}}.

  c.(i) The sets {Onset}, {Nucleus} form the set {Core}.

   (ii) The sets {Nucleus}, {Coda} form the set {Rime}.

(2c)において、(i)は日本語などの音節構造であり、(ii)は英語などの音節構造であり、どちらを選択するかは言語によって異なると考える。

 音節に関する新理論STSの概要を、まず、日本語の音節構造の分析に基づいて明らかにし、次いで、日本語よりも遙かに複雑な音節構造をもつ英語の様々な現象が、新理論においてどのように説明されるかを論じた。同時に、新理論の利点について、(3) hitなどの語頭に[h]をもつ語、(4) singなどの語尾に[ng]をもつ語、(5) kickなどの語頭を語尾の子音が同じ語などを例にとって、明らかにした。

 議論の過程で、(6) 順序づけ(Linearization)の適用はどこでなされるべきか、(7) strengthsやsixthsなどの[th]の分析に関わる問題点とC/Dモデルによる分析との相違、(8) 音節の内部構造のあり方、(9) 携帯情報の需要性、(10) 様々な一般原理のもつ理論上の意味合いの検討、(11) 音韻論と音声学のインターフェイスに関わる問題、などを巡って多角的に論じた。

 この新理論STSは、音節に関する新しい見方を提起するものであり、複雑な子音結合を許す言語に関して、音節の中心部分をなすものと周辺部をなすものとを明確に分けて考える必要があることを指摘した。また、新しい理論は、音節に関する新たな問題の所在に気づかせ、問題の性質を追求する基盤をなすものであることを明らかにした。最後に、新理論STSは、音韻論と音声学のインターフェイスに関しても新たな地平を拓くものであることを論じた。