漢語福州方言の声調体系と“変韻”

平山久雄





 漢語福州方言には「変韻」と呼ばれる韻母の交替現象がある。それは,共時論的な交替関係並びに中古漢語との通時論的対応関係において“同一”と認められる韻母が,陰去声・陽去声・陰入声の下において,陰平声・陽平声・上声・陽入声の下におけるとは異なる姿をとる現象である。変韻には,音声的なvariationに過ぎない場合と,音韻論的にも異なる韻母に該当するに至っている場合とがある。福州方言話者についての直接観察と『福州話音◇』(上海教育出版社,1996年)の録音テープ聴取に基づき,この点に留意しつつ福州方言韻母体系の音韻論的解釈を述べた。

 ついで声調調値の観察に基づいて,変韻の音声学的な原因を考察した。変韻を生ずる声調はいずれも低音部分を有し,低音発出に伴う強い喉頭緊張とともに喉頭の下降が認められる。喉頭下降の結果舌体が後下方に引かれることから生じた母音音色の相違(並びにそれを媒介とする韻母の音韻的変化)が変韻であると理解される。福州方言の声調体系では,このような喉頭緊張の有無がtonemeの弁別的特徴となるに至っている。

 福州周辺には同様の変韻現象をもつ方言が散在するが,変韻を伴う声調が常に低音部分を含むとは限らない。これは変韻が音韻論的な韻母交替現象として定着した後,声調調値に変化が生じた結果であると理解される。変韻は声調調値の通時的変化を跡づける一つの材料でもある。
 

◇=「木へん」に「当」