鹿児島県の2型アクセント--黒島大里方言と枕崎方言

上野 善道



  1. 三島村の黒島大里方言は,先行研究では鹿児島方言に近いとされている が,私の観察では,次のようになっている(「 は上昇,」は下降の印)。

    A「ハ」ナ(鼻)。 「タタ」ミ。 「ウ」メ「ボ」シ。 「カ」ザ「グル」マ。 
    「ハナ… 「タタミ… 「ウ」メ「ボシ… 「カ」ザ「グルマ… 
    Bア「メ(雨) 「オ」ト「コ 「アサ」ガ「オ 「ヤマオ」ト「コ 

     起伏に富んだ2型アクセントで,A型にのみ「言い切り」(。で示す)と「接続」(…)の区別がある。言い切り形の音調型は,いずれも接続形の最終拍を下げた形であり,この下降で,次に続いていないことが示されている。また,3拍形の「○○」○の音調型が特殊であり,これが複合語の音調型にも関与する。

     語音(分節音)の配列も音調型に影響する。特に,○M(Mはモーラ音素)からなる重音節は,その音節全体が高いあるいは低い平調を取るが,アクセント単位の末尾に来た場合のみ,A型では○」M,B型では○「Mとなる。

     複合語のA/Bは,体言も用言もその第1要素のA/Bにそのまま従う。ただし,第1要素がA型3拍形のときに限り,途中に下降の現われない特殊な型「○○○-を取る点がこの方言の特徴である。複合の過程でも3拍形が形成されるか否かがポイントとなる。この現象はB型には見られない。

    「イカ」ダ。(筏) 「イカダノ」リ。(筏乗り) 
    「カト」リ。(蚊取り) 「カトリセンコ」ー。(-線香) 
    cf.「ア」カ。(赤) 「ア」カ「トン」ボ。(赤蜻蛉); 「カ」バ「シ」ラ。 

     複数のアクセント単位からなる複合語は,各要素のA/Bを原則として保持するが,その前部要素は接続形の音調型を取る。

     助詞・助動詞の大部分が自らのアクセントをもたないこと,そして,活用形,派生形がA型はA型,B型はB型で一貫することは鹿児島方言と同じである。

     

  2. 枕崎方言は先行研究が多くあり,多種多様な音調型が報告されているが,私の観察はそのいずれとも異なり,以下の通りである。!は中レベルを表わす。A型の注記のない項目は,それぞれ「桜,横糸,桜色,蚊が」。

    Aハ「ナ(鼻)。 「サ」グ「ラ。 ヨ「ゴ」イ「ド。 サ「グラ」イ「ロ 
    「カ」ガ… 「ハ」ナガ… サ「グ」ラガ… ヨ「ゴイ」ドガ… 
    B「ハ!ナ(花) オ「ド!ゴ(男) ア「サガ!オ ヤ「マオド!ゴ 

     A型は言い切り/接続の区別をもつこと,B型は「高中」という一種の下降式音調をもつことが特徴である。Aでは言い切り形の最後が高く,(3拍形以上では)重起伏調をなすが,接続形ではそれが消える。ただし,言い切り形においても,最後の「高」はそれに先立つ「高」よりは低い。

     この方言も,語音構造が音調型に深く関与する。やはり,アクセント単位の末尾を除き,重音節は可能な限り曲調ではなく平調を取ろうとする。

     助詞・助動詞,複合・活用のアクセントの仕組みは鹿児島方言と同質である。

     

  3. 以上の発表に基づく質疑応答は,大里方言では,A型3拍形「コム」ギを前部要素としながら「コ」ム「ギ」コ(小麦粉)となる“例外”の解釈にかなり集中した。3+1の構造の問題,複合語意識や借用語の問題などが話題となったが,この部分のデータが少なく,結論は保留した。今後の調査に俟つ。

     枕崎方言では,研究者間の大きな食い違いの背景は何か,表記されたものをどう解釈するか,丁寧な発音/自然な発音とは何か,という先行研究に対する質疑が中心を占めた。この方言はピッチの幅が小さく,それだけ聞き取りが難しいこと,「高中」の存在自体が日本ではあまり知られておらず,その聞き取り方に慣れていなかったことが背景にあったものと考える。その他についても,推測に基づく見解を述べた。