まず前半では、発表者が実際に調査することのできたスゴー・カレン語3方言
(パ
アン方言、ヘンサダ方言、メーサリアン方言)とポー・カレン語3方言(パアン
方言
、タボイ方言、チョウンビョー方言)の声調体系を概観した。
後半では、Haudricourt (1946) がカレン祖語の声調体系についての結論を出
す過
程で行ったと思われる作業を、発表者が集めた資料を提示しながら再現した。
キ
リス
ト教ポー・カレン文字とキリスト教スゴー・カレン文字が成立した1800年代
前半
のポー・カレン語およびスゴー・カレン語の推定形式における声調を、それぞれ
P: T 1, T2, T3, T4, T5, T6;S: T1, T2, T3, T4, T5, T6
と表すと、カレン祖語か
ら両
カレン語に声調がどのように受け継がれたかを次のようにまとめることができ
る。各
対応において左側がポー・カレン語の声調番号、右側がスゴー・カレン語の声調
番号
である。
*1 | *2 | *3 | |
*有声 | T3;T3 | T2;T3 | T5;T6 |
*無声無気 | T3;T1 | T1;T4 | T6;T5 |
*無声有気 | T4;T1 | T1;T4 | T6;T5 |
この表は、カレン祖語の声調*1, *2, *3が、音節頭子音の種類すなわち有声・無
声無
気・無声有気を条件として分岐したことを示している。なお、カレン祖語の声調
体系
についての仮説に発表者独自の見解は含まれていないことをお断りしておく。
以上が発表の概要であるが、今回の発表に関する質疑応答で非常に有益なコメ
ント
をいただいたので付記しておきたい。ポー、スゴー両カレン語の有声閉鎖音 b, d
は、
無声無気タイプの声調対応を示す。そのため、Haudricourtはこれの祖形とし
て、*p,
*t を設定し、現在の p, t に対しては *pp, *tt を設定する。
これに関して、発表者
は、
現在の b, d がカレン系言語の多くで入破音であることから、祖形としても入破音
が設
定できるのではないかとの考えを示した。これに対して青山学院大学の遠藤氏か
ら、
b, d の祖形は入破音ではなく *p, *t であり、現在の p, t は別の起源にたどれるの
では
ないかとの御意見をいただいた。
そこで、発表後、Purserのポー・スゴー対照語
彙集
を見てみたところ、Pwo /p/; Sgaw /p/ の対応を示す語彙が全部で12例(クラスタ
ーは
除く)、Pwo /t/; Sgaw /t/ の対応を示す語彙が全部で7例見つかった。この数は
他の
対応例に比べると圧倒的に少ない。このうちの少なからずは、モン(Mon)語ある
いは
ビルマ語に起源を求めることができそうである。
例えば、 Pwo /pai_t@ran./;
Sgaw
/PE:t@rO:/「窓、門」(おそらくモン語からの借用語。今手元に坂本先生の辞書
がな
いので確認できません。すみません。)など。また、Pwo /paU_paU_/; Sgaw
/pu'=pu
'=/「急いで」のように、擬態語らしきものもある。したがって、現在の p の多く
は、
擬態語などを除くと、カレン語固有ではない可能性が十分にある。これについて
は、
管見によれば明確な形で指摘した研究者はいない。今後、詳しく検討してみる価
値が
ありそうである。
なお、日本語のpも、擬音語・擬態語などにおいては摩擦音化
をの
がれて命脈を保ち続けたという説を、執筆者は忘れたが、以前月刊言語で読んだ
覚え
がある。もしカレン語の Pwo /paU_paU_/; Sgaw /pu'=pu'=/ もカレン祖語から引
き継
がれてきたものだとしたら、日本語で見られる現象と似ていて面白い。(以上)