現代ビルマ語の借用語に見られる低い促音節について
加藤昌彦
現代ビルマ語には声門閉鎖音を末尾に従えた音節があり、本発表ではこれを促音節と
呼ぶ。促音節は高く短く発音されると説明されるのが一般的である。しかし、発表者が
既に何度か指摘したように、借用語においては促音節が低く発音される現象がしばしば
観察される。この現象について指摘した研究は発表者の知る限りこれまでなかったよう
である。下に例を挙げる。
(1) /lE'[44]tiN_/ 「肘掛け」
(2) /lE'[22]tiN_/ 「ラテン語」
(1)の「肘掛け」はビルマ語固有の語彙で、/lE'/の部分が高く発音される([44])。一
方、(2)の「ラテン語」はおそらく英語 Latin からの借用語で、/lE'/の部分が低く発
音されることが多い([22])。本発表では、(2)のような低い促音節がどのような条件で
現れるかを考察した。
考察に先立つ調査では、促音節を含む外来語のリスト(174語)を作ってビルマ語の母
語話者に読んでもらい、当該の音節の高低を判断するという方法を取った。これまで7
人の母語話者について調査済みである。結果、次のような結論が得られた。
(a)語末には低い促音節は現れない。
(b)促音節の直前(軽声音節を1個はさむ場合も含む)では低い促音節は現れない。
(c)促音節の直後でも低い促音節は現れない可能性がある。
(d)これ以外では低い促音節が現れ得る。特に後ろが低平調の場合には低い促音節が
現れやすいとは言える。ただしその場合でも100%の予測は難しい。
つまり、低い促音節が「現れない」環境は比較的明確であり、それ以外の環境では
「現れ得る」ということが言える。しかし、「必ず現れる」という予測はできないとい
うことが分かった。
最後に今後の課題として、どうして借用語にだけこのような現象が現れるのか(外来
語の標示機能?)、低い促音節の音韻論的解釈はどうするか、等の問題に触れた。ま
た、西洋語(英語がほとんど)からの借用語に低い促音節が現れる傾向があることにも
触れた。
質疑応答の場で、促音節ではない普通の音節がどのような声調を取るのかをも調査す
る必要があるのではないか、英語のアクセントの影響はないか、低い発音と高い発音で
は洗練度(格好良さ)に違いがあるのではないか、英語の知識の有無が発音に影響する
のではないか、等の問題提起がなされた。また、ビルマ語に馴染んだ語彙ほど低く発音
される傾向があるのではないかという指摘もあった。これが本当だとするならば、日本
語と比較してみると面白いのは、日本語(共通語)では外来語が馴染めば馴染むほど、固
有の語彙に多いパターンである平板型になる傾向があるのに対して、ビルマ語では逆に
馴染んだ語彙ほど固有の語彙とは違った発音がされることになるということである。
指摘された問題を考慮に入れつつ、今後の研究を進めたいと考える。
※注
E 広いe
' 声門閉鎖音
N_ スモールキャピタルN