コエ語族声調論における2つの接近法

中川裕


 コイサン諸語コエ語族の声調論の文脈では、ナマ語のがもっとも詳細に研究されてい る。そのナマ語研究の伝統には、これまで2つの接近法がもちいられてきた。すなわ ち、Unit Approach (UA)とDecomposition Approach (DA)である。端的に言うと、2つ の接近法の主要な違いは、上昇声調や下降声調のような曲折声調(contour tone)を、 UA は単一の声調と見るに対し、DA は二つの声調の連続に分解するところにある。 前 者をもちいる研究にはBeach1938の古典的モノグラフが、後者をもちいる研究には、も っとも詳細で新しいHaacke 1999があげられる。

 発表では、最初にBeachとHaackeの2つの解釈の差異を外観的にレビューして、2つ のアプローチの対峙に関わる問題を浮かび上がらせた。つぎに、その問題を考察するに あたって、コエ語族に属する未記述の言語であるグイ語の新資料の分析結果を導入し た。グイ語声調構造の分析からは、ナマ語よりもさらに決定的に、UAよりもDAが有効で あることを示す根拠が確認できた。つまり、(i)いわゆるflip-flopに関与する声調メロ ディーの分類が透明な形で記述できることと、(ii)3つの接尾辞に認められる声調交替 規則が関与する声調メロディーの分類が透明な形で記述できることの2点である。ま た、9つの代名詞が示す基本形/強調形における声調交替も、間接的にDAの有効性を示 すものだと考えることができる。