マリラ語の声調は基底のレベルではモーラが単位になっていて、どのモーラにH(
高)があるかが問題になる。表現レベルでは、音節を単位として、H(高)、L(低)、
F(下降)とR(上昇)の4種が現れるが、Fは基底でHLの連続と解釈され、更に、対格接
辞、派生辞などにHの移動が促され、LHとなったものがRとなる。また、表現レベルで、
RはHとの弁別性がなく、RがHになって実現する傾向がある。よって、以下の例にRが現
れたときはHも容認される。不定形においてFが出現する環境を整理すると、
1) 語末音節がNCVのときの次末音節(以下、音節境界を.で示す)。
例)ku.bo^.mba
2) 次末音節がCSV、語末音節がCVのときの次末音節。
例)ku.bya^.la
3) 長母音が次末音節にあり、語末音節が1モーラの時の次末音節。
例)ku.fu^:.ta
の3種が挙げられる。
対格接辞の付かない動詞不定形は、基底で語末から3モーラ目にHが置かれる。
例)ku'-hom-a(/-hom-/「叩く」)、ku-bo^mb-a(/-bomb-/「する」)
対格接辞が付く不定形「ku-対格接辞-語幹-a」のとき、対格接辞の直前(つまり、ku
の上)と語末から2モーラ目がHになる。
例)ku'-zi-ho'm-a「それらを叩く」(/-zi-/「(cl.10)の対格接辞」)、
ku'-zi-bo#mb-a「それらをする」
派生接辞の付いている不定形も語末から3モーラ目にHがくる。
1)VCの派生辞(適応形/-il-/,/-el-/、相互形/-an-/、可能形/-ih-/,/-eh-/)、
2)VCSの派生辞(使役形/-isy-/,/esy/,/-izy-/,/-ezy-/)、
3)Sの派生辞(受身形/-w-/)
の3種に分けてHトーンの振る舞いを見てみる。
適応形、相互形、可能形については、対格接辞のないとき、語末から3モーラ目がH
になり、対格接辞のあるとき、対格接辞の直前と語末から2モーラ目の2箇所がHにな
る。ただし、対格接辞が付くことができるのは、これらのうち適応形だけである。
例)ku-ho'm-el-a, ku-bo#mb-el-a(適応形),
ku-ho'm-an-a, ku-bo#mb-an-a(相互形),
ku-ho'm-eh-a, ku-bo#mb-eh-a(可能形),
ku'-ba-hom-e'l-a, ku'-ba-bomb-e'l-a(対格接辞付き適応形)
使役形については、対格接辞のないとき、基底で語末から3モーラ目がHになり、対
格接辞のあるとき、対格接辞の直前と語末から2モーラ目の2箇所がHになるが、表現
レベルでは、語末がHになる。表現レベルで語末がHになる理由として、基底で2モーラ
の音節(使役の場合はCSV音節)は、表現レベルで1モーラとなり、語末音節でFが実現
することができず(Fは2モーラの音節が必要)、Hとして実現したと考えられる。
例)ku-hom-e'zy-a, ku-bomb-e'zy-a(使役形), ku'-ba-hom-ezy-a',
ku'-ba-bomb-ezy-a'(対格接辞付き使役形)
受身形については、語末から3モーラ目がHになる。対格接辞が付くことはない。
例)ku-ho'm-w-a, ku-bo'mb-w-a(受身形)
その他の拡張を担う接辞として、/-a[ny]-/(他動性), /-ul-/(他動性), /-uh-/
(自動性),/-w-/(意味不定)を挙げた。/-a[ny]-/は使役形と同じ特徴を見せるが、
元々/*-ani-/だったのではという指摘を頂いた。/-ul-/と/-uh-/は、適応形と同じ特徴
を見せる。受身の接辞でない/-w-/は、拡張の接辞としてでなく、語幹の一部として認
めたほうが理があるのではという指摘を頂いた。
動詞不定形に続いてテンス・アスペクトを持つ動詞の声調について発表した。時制接
辞によって、不定形のHを維持するものと、不定形のHをキャンセルし、時制接辞が制御
すると思われるHを付加するものが見られる。
※注
' 直前の文字に高声調の記号が付く。
^ 直前の文字に下降調の記号が付く。
# 直前の文字に上昇声調の記号が付く。
[ny] 硬口蓋鼻音