日本語における音韻中和について
窪薗晴夫
最近、音韻論研究で中和(neutralization)の現象が見直されている。本発表では、日
本語の中和現象をさまざまな観点から眺め、どの位置・環境において、どのような音韻
対立が失われる傾向があるかを考察した。日本語に特徴的に見られるのは、語末におけ
る重音節(=長音節、つまり特殊拍を含む音節)と軽音節(=短音節、つまり自立拍1
つからなる音節)の中和であり、とりわけ長音の中和(長母音の短母音化)が顕著であ
る。語末重音節の軽音節化を考えることによって、アクセントの変化や川柳の字余り、
言語獲得(子供による単語の分節やしりとり遊びのパターン)、母音無声化の非対称
性、子音挿入の現象等に一貫した説明が可能となる。また語末長母音の短音化は一部の
語彙に見られるだけでなく、複合語短縮の不規則パターンやアクセント変化に見られる
特殊拍間の違い等を説明する。
本発表ではこのようなさまざまな現象を語末における音節の長さ(音節量)の中和と
解釈した上で、このような語末中和現象が起こる理由を、音響、知覚、心理言語学の3
つの視点から考察した。音響的には語中の重音節に比べ語末重音節が短くなり、とりわ
け長母音と短母音の差が小さくなる傾向があることを指摘した。知覚的には、語頭から
語中、語末へと進むに従い時間長の変動に鈍感になる傾向があることを先行研究が指摘
している。語彙認識(lexical access)という心理言語学という点から見ても、語末の音
韻対立が語中の対立よりも重要度が低くなり、ひいては対立が損なわれやすい。これら
の3つの要因が重なって、上記のような中和現象が生じるものと考えられる。