日本手話のイントネーション

市田泰弘


 日本手話は日本に住むろう者(約3〜4万人)の母語である。本発表では日本手話にお いて重要な役割を果たしているNMS(non-manual signals=非手指動作)に4種の基本 タイプが存在することを指摘した。まず日本手話の伝承、起源、方言、社会言語学的 状況、文法的特徴、音韻構造について述べた後、NMSについて論じた。手話のNMSは、 頭の動き、眉・目・口・頬の形、視線、上体の動きなどからなる。このうち頭の動き は、節の切れ目、節の役割、節同士の関係などを示し、音声言語のイントネーション にあたると考えられている。日本手話のNMSの4種の基本タイプは、手指や非手指の動 きの大小と強弱によって特徴づけられる。 I型(大、弱)、II型(小、弱)、III型 (大、強)、IV型(小、強)である。この基本タイプの違いは、頭の位置(それぞれ 「上/前/下/後」)や肩の構え(「広/狭/広/狭」)、(無標の場合の)眉や目 の形の違いとしても現れる。多形態素構造をもつプロダクティブフォーム(音声言語 のオノマトペにあたる領域)は、NMS基本タイプを伴うことで、大きさ、密度、距離 などを表す形容詞となる。また、非手指副詞(non-manual adverbs)は、目・口・頬 の形と4種のNMS基本タイプとの組み合わせからなる。イントネーションにあたる頭の 動きには、頷き、顎上げ、首振り、首傾げの4種があり、これらが4種のNMS基本タイ プと組み合わさることによって、「動きφ」を含めて20種のバリエーションが作られ る。これらの頭の動きは、特定の眉・目の形、視線を伴って、文頭、節末、接続部、 文末などに現れることで、さまざまな文法的機能を果たす。例えば、「首振り」なら 基本タイプI型からIV型までの4種がそれぞれ「命題否定/発話訂正/発話否定/関与 否定」を表す。「文末の頷き+眉上げ」は同じく「同意要求/確認/真偽質問/疑 念」を、「文末の顎上げ」は「命令/提案/通告/拒否」を表す。「節末の頷き+目 細め」は、前件と後件の関係についてそれぞれ「時間をおいて/同時に/必然的に/ すぐに」を表し、「節末の頷き+眉上げ」はその節がそれぞれ「理由節/条件節(契 機的)/条件節(仮定的)/譲歩節」であることを表す。「動きφ」における基本タ イプ「II型→I型」の連続ではII型が補文標識となる。基本タイプも含め、NMSの各構 成要素を音韻論的形態論的にどのように位置づけるかが今後の課題である。