琉球諸方言アクセントの歴史言語学的考察

松森晶子


 本発表では、本土諸方言アクセントをもとにして開発された金田一語類の、 琉球における分裂と合流の仕方は、通説で示されたような12/3(1音節語)、 12/345(2音節語)というようなものではなく、12/3(1音節語)、12 /345/345(2音節語)である、とする服部説を支持した。 それに付け加え、 琉球では、3音節語も12/45/4567のような特異な様相の合流を遂げた、と いう仮説を提示した。 またこの事実は、琉球諸方言と(九州西南部をも含めた) 本土の諸方言との系統関係の考察を行う際に、重大な意味を持つことを指摘した。

 さらに本発表では、現代琉球諸方言の体系に見られる型の対立の様相にもとづき、 琉球祖語のアクセント体系には、1音節語に2種、2音節語に3種、3音節語に (少なくとも)3種の型が存在していたと推定、加えてそれらの型同士の間には、 系統だった相関性が存在したことも論じ、これを「系列」という概念で捉えることを 提案した。 すなわち、琉球祖語には(少なくとも)3種の系列としてまとめられる アクセント型のグループが存在したことを提示し、これを「A、B、C系列」と名付けた。

 またこれに関連して、琉球祖語が均整のとれた n+1 型のアクセント体系を持って いた可能性がある、とする上野(2000)の説を支持した。 (しかしながら、 上野(2000)が「D系列」に属していたと論じている語彙群の内訳については、慎重な 検討を要することを論じた。)

 最後に、これらA、B、C系列のアクセントの型の対立が、母音の長さの対立として 出現している諸体系が、現代琉球の奄美沖縄のいくつかの方言に観察されることを、 徳之島天城町前野方言を代表例にとって示した。 この方言においては、母音の長さは アクセントの位置の対立によって予測できる余剰的な情報であり、したがってレキシ コンには載せておく必要はない。

 本発表では、この前野方言に観られるように、現代琉球各地の諸方言に観察される、 ある特定の環境に出現する長母音に関して、それらは(おそらくそれぞれのアクセント 体系内部の型同士の対立を保持するために、)本来の短母音が(ある一定の原則に従っ て)長音化する、というような変化が、琉球祖語から現代諸方言に至る過去の一時点に おいて起こったために、あらたに生じたものであることを論じた。 したがって、 服部(1979)の仮定したように、一部の琉球諸方言に観察される、それら特定の長母音の 存在が(日本)祖語にまで遡れる、とする説は(今のところ)支持しない。 この件 に関しては、多くの議論が成されたが、現時点では、決定的な判断を下せるような結論 は得られなかった。 今後の課題としたい。

参照文献

上野善道(2000)「奄美方言アクセントの諸相」『音声研究』第4巻第1号

服部四郎(1979)「日本祖語について」『月刊言語』 8-11, 8-12.