中国語の声調とアクセント

岩田 礼


 官話諸方言、呉方言などの中国語方言を対象に、アクセントによる音節声調 (syllabic tone)の変容形態、特に“軽声”と呼ばれる現象の類型と音声的特徴 について報告した。中国語のアクセントは、音韻論的にはストレスアクセントで あるが、音声的にはピッチ、長さ及び母音・子音の音質が関与する。多くの方言 では、末位音節にストレスが置かれるRight stressed type(RS型)と、頭位音節 にストレスが置かれるLeft Stressed type(LS型)が共存している。RS型かLS型か は、一定程度語彙的に決まるが、かなり揺れがある。RS型では非末位音節で音節 声調の音韻的対立が中和される傾向があり、特に呉方言、江淮官話では音調の平 板化が顕著である。LS型ではアクセントの実現形態が方言によって異なり、また 2種類又は3種類のLS型を区別する方言がある。

1) 湖南方言及び北京“重中型”: 非頭位音節(unstressed syllable;以下US音 節)は弱化するが、音節声調の“声調特性”は保たれる。

2) 官話B型: US音節では声調特性が失われる。但し“声域特性”(軽声固有の ピッチ特性で、多くの方言では"low")は保たれ、"right spreading"が生起しな い。

3) 官話A型: US音節では声調特性、声域特性のいずれも失われ、頭位音節の声 調特性がright spreadする(又は頭位音節が声調交替する)。

4) 呉方言及び官話C型:: US音節の声調特性が失われ、頭位音節の声調特性が right spreadするが、US音節の非音調特性(長さ及び母音・子音) は影響を受け ない。このタイプのLS型では、日本語方言のようにピッチの下がり目の有無と位 置が語声調弁別のCueとなりつつある。但し呉方言と官話では次の点が異なる: @right spreadingの範囲は官話より呉方言の方が大きい、A官話ではUS音節が 語彙的に“ゼロ調素”の指定を受けるが、呉方言では“ゼロ調素”の指定を受け ない。