「言語基礎論の構築」


プロジェクトの目的

現代の言語理論は西欧諸語の研究に深く根ざしたものを中心に展開されてきた。西欧語型の言語理論の枠組みが多くの非ヨーロッパ的言語の理論的考察に広く適用されていく中で、言語構造のタイプの違いからくる分析上の問題点は多く指摘されてきたが、これまでは、結局、従来理論の完成度の問題として対処され、西欧語型理論が基礎をおく前提概念、カテゴリーに対して具体的な反省が及ぶことはなかった。また、記述言語学者の側も、個々の言語記述において、そのような伝統的前提概念やカテゴリーを、十分に反省を加えることなく、基本的枠組みとして踏襲することが決して少なくなく、その結果、それぞれの言語の特徴に即した記述であるべきものが、はからずも「西欧語から見た記述」になってしまっていることも多い。
本プロジェクトでは、従来の言語理論、言語記述のあり方を問い直し、言語研究の新しい展開のための基盤を作ることを目的とする。そのために、現行および過去の言語理論について、その基礎概念、カテゴリーを再検討し、通言語的視野に立った枠組みの可能性を検討する。


平成16年度第3回研究会

日時:平成17年2月19日
場所:AA研小会議室
報告者名:籾山洋介
「言語と認知」


平成16年度第2回研究会

日時:平成16年10月23日
場所:AA研小会議室
報告者名:藤原加奈江
「脳とコミュニケーション」


平成16年度第1回研究会

日時:平成16年6月5日
場所:AA研小会議室
報告者名:沈力
「中国語の語彙はなぜ分解されるのか ----構文のテンプレート性をめぐって」


平成15年度第3回研究会

日時:平成16年1月31日
場所:AA研小会議室
報告者名:吉田一彦
「いわゆる機能語の機能の把握の仕方:語に帰すべきこととそうでないこと」


平成15年度第2回研究会

日時:平成15年日
場所:AA研小会議室
報告者名:中山俊秀
「品詞について―あるから見えるのか、見ようとするから見えるのか」」


平成15年度第1回研究会

日時:平成15年8月30日〜31日
場所:AA研小会議室
報告者名 佐久間淳一
「意味役割と文法機能 --- フィンランド語を例にして」


平成14年度第3回研究会

日時:平成14年3月2日(日曜日)
午後1時より5時
場所:AA研304会議室
報告:報告者名 峰岸真琴(AA研所員)
「線条性から階層構造へ」

報告の要旨:

0. 本報告では,まず統語構造上の支配・依存関係は,元来どのような根拠に基づいて仮定されたのか,またそれが文の中に言語形式同士の階層関係を仮定する見方とどう結びついて二次元的な構造記述理論として定着してきたかを検討した。
さらに,この階層関係を前提とする分析にはさまざまな不都合があるため,非階層的アプローチを提案し,その可能性について述べた。以下は報告の要旨である。

1. ソシュールのシンタグマからテニエールの階層構造へ
 ソシュールは, 『講義』において,第一原理「記号の恣意性」につづき,第二原理として,「記号の線条性」を挙げた。言語記号同士のもつ関係としては,潜在する記号との間の連合関係に対して,「前後の記号との統合関係」の観点から一次元的に展開する「連辞」(syntagma) を定義したが,「支配・依存」などの二次元的構造については何も論じていない。
 イェルムスレウ (1928:p.138) に見える「支配・依存」関係の図示は,語の構成する構造を非線条的な二次元平面に表したものとして,最も古いものの一つと考えられるのではないか。
 テニエール (1965) は,独自の構想による依存文法の創始者であるとされるが、支配・依存関係を先験的に定義することで理論化を行っている。

2. 二次元階層モデルの問題点
 生成文法に代表される句構造規則に基づく統語構造モデルは,以下のような諸前提から成立していると考えられる。

(1) 句構造規則による枝分かれ構造
 統語構造は構成素の支配と依存との関係として記述可能である。
(2) 語を単位とした構造表示
 句構造規則による最終的な構造表示は語彙項目(つまり「語」)を終端記号列とするものである。一方,範疇ラベルは語彙項目の範疇性の投射とされているから,句構造規則に用いられる構成素は,最終的にはすべて「語」のなんらかの統語上の特質を反映している。言いかえれば,句構造表示は全て「語」を基に記述できると仮定しているのと同じことである。
(3) 文の回帰構造の仮説
 句構造規則により,文法範疇の構成素は文の中に一定数だけ現れる。特に,定動詞が文中にひとつだけ現れることを暗黙の前提とする。従って,ある文に動詞が二度現れるならば,それぞれの動詞が別の文に属する埋め込み文構造であると分析する。
(4) 強制的順序づけ
 句構造規則は構成素間に強制的な順序づけを与える。従って,順序不定の構成素を記述するためには,句構造規則以外のなんらかの手段(例えば,変形あるいは移動)が必要とされる。

 上記の前提のうち,(2)および(3)は,句構造規則によらない二次元的モデル,例えば依存文法にも共通するものである。二次元的かつ階層的な構造理解の最大の問題点は,発話および言語理解についての理論との共存が困難になる点にある。チョムスキーは結局,運用を文法研究の領域から排除することで,この問題に答えることを放棄しているように見える。

3. 非階層的アプローチ
 言語の階層性を前提とした回帰的構造の仮説は,生成文法における強力な分析装置であるが,必ずしも階層構造を言語構造の基本と考える必要はない。
 生成文法の問題点は,構成素の分布を句構造文法 (Phrase Structure Grammar) として形式化する段階において,文法範疇の出現回数と位置とを固定したものと仮定してきた点にある。峰岸 (2000) は,そのような前提が成立するのは,一定範疇言語についてのみであって,日本語などの不定範疇言語,およびタイ語,カンボジア語などの無範疇言語には当てはまらないことを主張したものである。
 峰岸 (2002) は,非階層的アプローチに基づいて日本語の用言複合体について考察したものである。そこで報告者が提案するオートマトン的遷移図とは,線条的な一次元的進行方向,要素の分岐,部分的な繰り返し (loop) を含むもので,例えば鉄道路線図に基づく料金表のようなものである。このような記述上の仕組みは以下のような現象の説明に役立つかもしれない。

(1) 複合語
 例えば,日本語の「善悪」のような複合語を見ると,これは「善」および「悪」という二つの対立概念を構成素として並列することと同時に,両者を超えたレベル,例えば「倫理感」のようなものを表現しており,構造上,二つの要素は相互に依存的である。
(2) 等位接続
 構成素の枝分かれを前提とする二次元的統語構造記述は,発話,言語理解のような運用を説明するのに不利である。一方,状態遷移図のように部分的ループを持つモデルは,線条的な一次元的構造のなかに無限の繰り返しを表現できる。
(3) 格マーク
日本語の格助詞句の出現順は,用言よりも前に置かれるという制約とともに,相互の出現順は相対的に自由である。このような現象を説明するには,格助詞句出現位置をループの接点として考えるべきである。
(4) 動詞連続
東南アジアのSVO 語順の孤立語においては,動詞が補語を伴いつつも,単に並列される動詞連続構造(動補連続構造)が存在する。この動詞連続を並列構造として捉え,上記の状態遷移図で記述するべきであると考える。

4. シンタグマの主要部とは?
 河野 (1989:1581--1582)は用言複合体を「語幹に種々なる接辞(助動詞)や助詞が付いたもの」と定義している。すると,その主要部は「用言」のはずである。ここで改めて注目されるのは,橋本進吉(1959)が,昭和13年講義案において,既に従属関係と附属関係を区別していたことである。一方,用言の形成する複合体と,助詞の相互承接には,並行性があるとは言えないまでも,構造上の類似性がある。
 日本語助詞の分類に際し,助詞の相互承接という連辞的関係に注目した研究として,最も注目に値するのは橋本進吉(1969:p.77)の昭和3年および10年の講義案に見える助詞接続表である。これは助詞の「接する,切れる,続く」の関係を線で結んだものであるが,それぞれの続き方が随意的であることとともに,副助詞の出現位置が2カ所あることが,既に指摘されている。
 用言,体言ともに,随意的要素が「主要部」であるのはおかしい。そこで「複合 (complex) という統語領域においては,語彙的な主要部と統語上の主要部とが異なる」と考えてみる。一方「句 (phrase)」は,両者が一致する統語領域である。つまり「複合」は二つの焦点を持つ楕円のような一般的な存在であり,句はその焦点が一つである正円という,特殊な存在であると考えることができるのではないか。

5. おわりに

本発表ではソシュールの線条性原理に基づく一次元的なシンタグマから出発して,意味を切り離した形態統語論的二次元的な統語構造モデル,さらには句構造規則と文を単位とする階層構造モデルがいかに理論化されてきたかを概観した。

しかし,発話および言語理解のような言語運用を視野に入れた理論を考える場合に,二次元的な階層性統語モデルにはさまざまな問題点がある。そこで本発表では線条性と,文単位でない部分的な回帰構造を持つオートマトン的な統語構造モデルを検討した。

日本語の用言複合体,あるいは体言と助詞の承接関係をオートマトン的な観点から見ると,「複合」の主要部はむしろ出発点である「語彙項目」であり,統語的なコントロールはそれに後続する「機能辞」であるように見える。


平成14年度第2回研究会

日時:平成14年12月1日(日曜日)
午後1時より5時
場所:AA研小会議室
報告者名 加藤重広(富山大学,AA研共同研究員)
「『線条性』の再検討」

線条性の概念は,本来的な形では,@一方配列の原則とA単層列の原則に2つに分けて考えることができる。後者は,現在の要素分割主義的な言語研究を踏まえると,実態に合わないので,複層列での分析を考えるべきである。これを踏まえて,複線条性という概念を提案したい。後者は,言語形式そのものは一方向への配列という性質を強く持っており,バイイなどの指摘を考慮しても,否定されないが,言語使用者たる人間が言語形式を受容し,それを解釈していくプロセスでは,一時的・部分的に線条性を無化する処理がなされると考える必要があるかもしれない。


平成14年度第1回研究会

日時:平成14年9月29日(日曜日)
午後1時より5時
場所:AA研小会議室
報告者名 町田健(名古屋大学)
「言語類型と形態素配列規則」

文が表示する事態を構成する要素の定義により、文の表示する事態の理解を、継起する形態素の意味を事態の枠組みへと統合する過程であると考え、文の表示しうる可能な事態の数を効率よく減少させるような語順が選ばれるという法則性について検討した。


共同研究員リスト

町田 健 名古屋大学 文学部
佐久間 淳一 名古屋大学 文学部
籾山 洋介 名古屋大学 留学生センター
加藤 重広 富山大学

人文学部

沈 力 同志社大学 言語文化教育研究センター
吉田一彦 宇都宮大学 留学生センター
藤原加奈江 北里大学