東南アジアにおける人の移動と文化の創造

プロジェクト分科会「多言語使用・標準語化・混交語」

平成9年度第1回研究会

1997年10月25日(土)午後1時より5時45分

AA研小会議室

1.陳 於華(大阪大学大学院)
「香港と南中国における「標準語化」の地域差とその要因」

2.山田幸宏(姫路獨協大学)
「フィリピンにおける言語問題」

3.坂本比奈子(麗澤大学)
東南アジアにおけるタイ語の特殊事情」

4.崎山 理(国立民族学博物館)
「マレー語のグロウバリゼイションと地域化」

 

平成8年度に発足した重点プロジェクトのテーマ「東南アジアにおける人の移動と文化の創造」は言語使用という側面抜きでは考えることができない、ということで本年度から発足した当分科会第一回目の研究会である。

 

1. 「香港と南中国における「標準語化」の地域差とその要因」

(報告者自身による要旨)

標準語化の度合いは社会的・経済的・言語的要因と関わり、地域によって異なると思われる。本研究では独自の調査方法で、返還を目前に控えた香港および隣接する広東省(広州市)と福建省(福州市)における標準語化の進行の度合いを調べ、具体的なデータを示す。また、標準語化の地域差に関わる要因を分析する。

ここでは地域の標準語化の過程を、当該地域の人々が標準語を話す度合いを標準語能力の向上と結びつけることによって捉えることとし、特に標準語の実際の運用能力に注目する。具体的な研究方法としては、発表者が現地で中国語の標準語(普通話)を用いて地元の住民に道聞きをした際、上記の三つの地域の人々がどのような言語(変種)を使って対応するかを観察し、その場で収録したインフォーマントの発話に基づき、それぞれの使用言語(変種)の標準語度を、発話の音声、語彙、文法の標準度及び流暢さと伝達力を主な指標とした判定基準を定めた上で、点数をもって判定する、といったものである。さらに、標準語度の地域差、年代差を調べるために、地域別に年齢層によりグループ化して、各グループの平均点、及び地域全体の平均点を算出し、グラフ化する。その結果、明らかな地域差が認められた。香港の標準語化はまだ初期の段階にあり、全体的にレベルが低いが、標準語使用能力の発達は社会活動の活発な時期と一致する。一方、福州市では標準語化が順調に進み、年齢が低いほど標準語能力が高くなっている。これに対し、広州市における標準語化はそれほど進んでおらず、若年層の標準語能力の低下が注目される。

標準語化の地域差に関わる要因としては、近年の中国で生じた地域間の経済的格差、それに伴う言語(変種)の勢力変化などが上げられ、香港の場合は、対中ビジネスの拡大や中国返還という社会的経済的変数が指摘される。(陳 於華)

 

2.「東南アジアにおける言語事情---問題提起---」

国内には、東南アジア諸語の専門家は少なくはないが、多言語使用や標準語化、ピジン・クレオールなどといった点を特に専門にして研究をすすめている研究者がほとんど見られないのが現状である。ところが近年では、個人的な関心から授業科目で教える必要性までさまざまな理由から、こういったいわゆる「社会言語学」的な側面からのアプローチに興味を持つ人が増えてきている。これをうけて今回の研究会では、問題提起として、3人の報告者からそれぞれ次のように専門とする地域における言語事情の概要について説明してもらい、その後、ディスカッションをすすめた。

 

「フィリピンにおける言語問題」 山田幸宏

「東南アジアにおけるタイ語の特殊事情」 坂本比奈子

「マレー語のグロウバリゼイションと地域化」崎山 理

ディスカッションでは、事実確認も含め、報告された内容についての質疑応答が中心となったが、同じ「東南アジア」とはいっても、言語も多様なら言語事情も多様、それに対する国民意識や政府の対応も様々である側面がだんだんうかびあがってくるようであった。最後に、民族のアイデンティティや国の政策、話者の意識などが密接に関わってくるこのような研究分野では、言語学者から見た言語の「類似性」と現地の人々が認識する「言語」との間のずれがあることを特に認識を新たにして出発すべきである、という指摘があり、これには皆、一様にうなずいていた。今回は26名と、文化人類学など言語学が専門ではない方々を含む多数の方々にご出席いただき、全体として大変活発な研究会となった。

次回研究会は、12月に予定されているプロジェクト全体での国内シンポジウムの一セッションとして、東南アジア各地における言語事情についてさらにディスカッションをすすめる予定である。(菊澤律子)