Column002 :: Ishikawa Hiroki's HP

こちらの猫に何か飲み物を(ゴンダール、エチオピア)


 標高2200mの高原に位置するゴンダールは、1630年代から1850年代までソロモン朝エチオピア王国の都であった。
 この街には歴代の君主によって創建された石造りの宮殿や教会が多数残されている。それらはまとめて世界遺産に指定されており、海外から訪れる観光客は多い。
 そうした観光客たちの大半が宿泊するのが、この街で最も高級なゴハ・ホテルである。このホテルの部屋は清潔で、室内の装飾も雰囲気がよい。なによりも市街を一望できる山の上に位置しているため、テラスからの眺望がすばらしい。

 調査も終わりに近づいたある日、街の中心に近い安宿に泊まっていた私は、久しぶりにゴンダールの街を山上から眺めてみたいと思い、ゴハ・ホテルに泊まることにした。
 夜景を眺めながらテラスで夕食をとっていると、どこからか1匹の猫が現れた。 
 猫好きの方はご存知であろうが、アビシニアンという種類の猫がいる。アビシニアンという語はアビシニアという地名に由来するが、これはエチオピアの別名である。
 猫の種類に詳しいわけではない私にはこの猫がアビシニアンなのかどうか分からなかったが、私が『ノラや』を読んでは内田百閒先生の猫たちへの思いに涙する猫好きの1人であることに気づいたのか、その猫はなかなか私のそばを離れなかった。
 何もしないのも感じが悪いだろうと思ってデザートのケーキをあげたところ、実家の愛猫と同じくこの猫も甘党のようで、むしゃむしゃとおいしそうにたいらげた。

 普段であれば食事を終えたら部屋に戻り、調査で得た情報の整理をするところであるが、その夜は星空がきれいで気持ちよく、またもう少し猫と一緒にいたかったこともあり、何か飲み物を頼むことにした。
 私のテーブルを担当していたウェイターはとても感じがよい人物であった。ドリンク・メニューを頼む際、彼に「こちらの猫に何か飲み物を。猫用のメニューはありますか?」と冗談で言ってみると、彼はにっこり笑って「もちろんございます」と応じた。
 彼の気の利いた返答を聞いて私はすっかり愉快な気分となり、運ばれてきたエチオピア産ワインを気持ちよく飲んだ。猫はと言えば、辛党ではないのかワインには全く興味を示さず、私の足元で毛づくろいをしてから寝てしまった。
 気持ちよさそうに寝ている猫に時々目をやりながら眺めたあの晩のゴンダールの夜景は忘れられない。

2010年5月25日



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食べ物をねだる猫

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