IV. リベリア内戦史資料


5. 人名

*個人の経歴中、内戦以前の記述がある場合にかぎり、内戦後の経歴冒頭に◆印を付した。
*重要な人名については、注記の冒頭に人名のカタカナ読みと見出しを下線付きで示した。
*プレス記事により人名の綴りが違うものは、”/”で区切り、両方とも記した。

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AKILA, Louise
LPCのスポークスマン。
ANDEREWS, Henry G.(1928年〜)
トルバート期の情報相(1972年〜73年)◆7党連合指名の選挙管理委員会・委員長(97年4月〜)。
BAKUT, Ishaya
ナイジェリア陸軍少尉。ECOMOG第四代総司令官(?〜1992年10月)。NPFLへの積極的な軍事作戦を試み、ULIMOを側面から支援した。
BANKS, Phillip
アメリコ=ライベリアン出身者。モンロヴィアカレッジ法学部長。◆第二/三/四次IGNU法相(1991年1月〜94年3月)。IGNU指名でTCS議長に就任するが(93年11月〜94年3月)、TCS正式発足後は同メンバーに降格した(94年3月〜95年8月)。
BERNARD, Estrada J.(1933年〜)
アメリコ=ライベリアン出身者。トルバート期の労働・青年・スポーツ相(1977〜80年)。ドーによるクーデタの際には、たまたま国外にいて難をのがれる。◆93年8月にNPFLが指名したTCSメンバー。
BILITY, Alhaji Seney
ULIMO指名のTLA議員(モンセラード州選出、1993年10月〜94年3月)。
BISHOP, James
モンロヴィア駐在アメリカ大使(内戦勃発以前〜1990年4月)。
BLAH, Moses
NPFL軍司令官。テイラー政権のトリポリ駐在リベリア大使(1997年11月〜)。
BLOH, Martin
NPFL指名のTLA議員(メリーランド州選出、1993年10月〜94年3月)。
BOLEY, George E. Saigde(1949年〜)
ジョージ・ボレィ:LPC指導者。1949年12月7日、グランドゲデ州ドゥウォブリ村にてクラン族の両親から出生。高校卒業後に渡米し、ニューヨーク州立大で政治学士号、教育行政学修士号を取得。77年にアクロン大で教育行政学博士号を取得。帰国後のトルバート政権末期、文相補に任命されるがまもなく反逆罪で投獄される。80年の軍部クーデタによる釈放後、ドーの大統領付国務相、郵政相、文相を歴任。◆90年にアメリカへ一時亡命したのち、同年末、同胞のクラン系亡命者たちとLPCを結成する。91年前半以降は、ULIMO下部組織の指導者として活動していたが、93年にULIMOから離れて国内南東部でNPFLとの戦闘をはじめ、LPCを国内第三の武装勢力へと成長させた。LPC指名のCSメンバー(95年9月〜97年2月)。96年10月のテイラー暗殺未遂事件では、首謀者の一人としてテイラーに告発される。97年総選挙ではLPC系の政党NPFL党首として大統領選に出馬。カトリック信者。
BORDOLO, Noah A.
1990年の和平交渉におけるINPEL代表。
BOWEN, John Hezekiah
ヘゼキア・ボウェン:AFL指導者。クラン族出身者。1969年に国軍入隊。71年に少尉。80年の軍部クーデタ直後、グランドケイプマウント州長官に任命される。86年、国軍へ復帰し少佐に昇格。◆89年末にニンバ州へ派遣されたリベリア国軍指揮官代理(大佐)。ニンバ州駐留中にNPFL鎮圧作戦の第三代指揮官に昇格(90年3月〜4月)。AFL前指導者のニムレィが国外亡命した91年以降、AFL最高司令官(陸軍幕僚長、大将)に就任。94年10月、AFL兵士によるクーデタ未遂事件の監督責任を問われ、LNTGにより陸軍幕僚長のポストを一時解任される。AFL指名の第二次LNTG国防相(95年9月〜97年8月)。
BRAHIMI, Lakhdar
元アルジェリア外相。◆国連リベリア特使(1994年)。
BRAIMAH, Thomas N.
トルバート期のロファ州長官(1976〜80年)。◆ULIMO-K指名の第二次LNTG通産相(97年2月〜8月)。
BREEZE, Charles
クラン族出身者。第四次IGNUで閣僚に指名されるが、出身民族を理由にTLAで指名批准が拒否される。
BRIGHT, Charles
アメリコ=ライベリアン名家ブライト家出身者。NPFL軍司令官。テイラー政権の国立リベリア銀行総裁(1997年8月〜)。
BRIGHT, Robert I.E.
アメリコ=ライベリアン名家ブライト家出身の実業家。トルバート政権期のTWP議長。国民統合委員会メンバー(モンセラード州選出)。◆1993年8月にNPFLが指名したTCSメンバー候補。
BROPLEH, Nah Doe
第三次IGNU農相(1991年4月〜6月)。
BROWN, Louise
NPFL指名のTLA議員(グランドバッサ州選出、1993年10月〜94年3月)。
BROWNELL, Samuel D.
ドー政権期の地方開発相(1987年〜90年)。◆ULIMO指名の第一次LNTG地方開発相(94年5月〜95年8月)。
BRUMSKINE, Charles
アメリコ=ライベリアン出身者。テイラー政権の上院議長(1997年8月〜)。
BULL, James G.
NPFL指名の最高裁長官(?〜1997年2月)。後に職務不適格の申し立てを受け、総選挙直前の97年2月に亡命先のアメリカから辞職願いを送り届ける。
BUSH, Joseph
実業家。第四次IGNU通産相(1992年6月〜94年3月)。
CAPTAN, Monie R.
レバノン人の父とリベリア人の母から出生。リベリア大政治学部教授。◆ULIMO-J指名の第二次LNTG首班付国務相(1995年9月〜97年8月)。テイラー内閣の外相(97年8月〜)に就任直後、国籍をめぐる問題が生じる。
CAPTER, Maxwell
アメリコ=ライベリアン出身者。内戦前半期のTWP事務局長。
CHEA, Daniel
テイラー内閣の国防相(1997年8月〜)。
CHEAPOO, Chea(1942年〜)
1942年11月2日生。グランドゲデ州のグレボ族出身者。61年にモンロヴィアカレッジで簿記免状を取得。その後、アメリコ=ライベリアンの元法相(80年の軍部クーデタで公開処刑された13名中の1人)の援助で渡米し、法学士号を取得。TWP体制下の”地方民”でありながら、帰国後は通産省顧問、法相補、上院議院を歴任。その後TWPから議員免職処分を受け、野党PPPの結成に参画。反逆罪でTWPに投獄される。80年の軍部クーデタによる釈放後は、ドー政権の初代法相に就任するが、職務不適格とされ81年に解任。◆97年総選挙で、PPP党首として大統領選に出馬した。
CHELLEY, James
ULIMO「政治派」幹部(1993年)。
CLAY, Ignatius N.
リベリア国民住宅貯蓄銀行・頭取。◆ULIMO-J指名の第二次LNTG国立リベリア銀行総裁(1996年1月〜3月、96年9月〜97年8月)。
COHEN, Herman
アフリカ担当米国務次官補(内戦勃発前〜1992年)。92年、同国務次官に昇進。
CONDEH, Alhaji
NPFL指名のTLA議員(1991年)。
CRAIG, Moses
リベリア陸軍准将。1989年末にニンバ州へ派遣された国軍部隊の第二代指揮官(90年1月〜3月)。
CUMMINGS, John
テイラーが1997年2月に任命した”リベリア台湾大使”。アメリコ=ライベリアン出身者?
DARKINAH/DAKINAH, Fineboy
テイラー内閣の厚相(1997年8月〜)。
DEKYEE, Wehyee/Zaiye
ギオ族出身者。NPFLブレーン。NPFL指名の第一次LNTG国土・鉱山・エネルギー相(1994年5月〜95年8月)。
DENNIS, Arthur
アメリコ=ライベリアン名家デニス家出身者。第四次IGNU国防相(1993年〜94年3月)。
DENNIS, Kuku
アメリコ=ライベリアン名家デニス家出身者。NPFL軍司令官。
DIGGS, Ronaod J.
リベリア・ルーテル派教会司教。リベリアキリスト教会評議会代表。第一/二/三次IGNU副首班(1990年9月〜91年6月)。
DIGGS, Wilmott
1990年の和平厚相におけるAFL代表(少佐)。
DIJK, Gerald van
モンロヴィア駐在WFP代表。
DOE, Samuel Kanyon(1952〜90年)
サミュエル・ドー:リベリア共和国第21代大統領。1952年5月6日、グランドゲデ州トゥゾン村(トプルー村とも)にて、クラン族の両親より出生。高校在学中の69年に陸軍入隊。73年に一等軍曹代理、75年に伍長、79年1月に三等軍曹。同年11月には曹長に昇進し、トルバート大統領の護衛隊長に任命される。80年4月12日、同僚の国軍下士官16名と軍部クーデタを決行、政権を掌握し、PRC議長に就任。85年のクィウォンパ事件直後、国軍をニンバ州に投入してギオ族・マノ族一般住民の報復虐殺を行う(クィウォンパへの”加担者”として首都モンロヴィアでも約2000名が処刑されたといわれる)。86年、民政移管後の共和国大統領に就任。わずか10年あまりの政権下で、クラン族偏重主義(およびマンディンゴ族優遇策)のネポティズムと、粛正による恐怖政治が国内に蔓延し、9回の”クーデタ未遂”が告発される(ドー自身は”クーデタ未遂”を36回と数え、それを自らの強者たる証としていた)。◆NPFLがニンバ州に侵攻した89年末、ただちにニンバ州へ国軍を投入、同州のギオ族・マノ族住民の虐殺をはじめる。当初はNPFLに強硬な態度で臨んでいたが、首都モンロヴィアが戦場となった90年7月以後は、クラン族出身者の特別護衛兵とともに大統領官邸で籠城をはじめる。同時に、これまで親しく接触していたナイジェリアのババンギダ将軍にECOWASの介入を依頼する。同年9月9日、大統領官邸からECOMOG本部に向かっていたところをINPEL兵士に拉致され、拷問を受ける。翌10日、両耳を切り落とされた惨殺死体が、モンロヴィア市内の病院の中庭で発見される。拷問の様子は、その後INPELによりヴィデオで公開された。
DOGOLEA, Enoch
NPFL政府の”副大統領”。その後、テイラー政権の副大統領(1997年8月〜)。ギオ族・マノ族出身者?
DOGONYARO, Joshua
ナイジェリア陸軍少尉。ECOMOG野戦司令官(1990年9月〜10月)。その後、ECOMOG第二代総司令官(90年10月〜91年2月)。
DOKIE/DHOKIE, Samuel C.
ニンバ州のギオ族出身者。ドー政権期に二度の政権転覆を試み、亡命。◆NPFL軍司令官。NPFL指名の第一次LNTG内務相(1994年5月〜95年8月)。入閣後の94年後半に、NPFL-CRC創設メンバーとなる。同年8月のNPFL反乱未遂事件ではテイラーに影の首謀者と疑われた。
DOLLEH, Varfley
ULIMO指名のTLA議員(ロファ州選出、1993年10月〜94年3月)。
DOUMUYAH, Mohammed
ULIMO-K司令官(大将)。
DUKULLY, Morris Momolu
マンディンゴ族出身者。エルハジ・クロマーの従兄弟。新聞編集者。ドー期の郵政相(1987〜90年)。◆内戦勃発後にドーとババンギダの連絡係をしていたといわれる。93年8月にULIMOが指名したTCSメンバー候補。同年10月にULIMO指名のTLA議長(ボミ州選出、93年10月〜97年2月)となるが、報道管制の疑いでアメリカ政府に告発される。97年、ボミ州選出の上院議員占拠に出馬する。
DUKULY, Mohamed
NPFL指名のTLA議員(ボミ州選出、1993年10月〜94年3月)。
DUNBAR, Jenkins
アメリコ=ライベリアン名家ダンバー家出身者。NPFL指名の第二次LNTG国土・鉱山・エネルギー相(1995年9月〜97年8月)。テイラー内閣の国土・鉱山・エネルギー相(97年8月〜)。
DUOPU, Moses
ギオ族出身者。ULAA議長(1978〜79年)。80年の軍事クーデタ後はドー政権に参画するが、83年に政府転覆容疑でクィウォンパとともに死刑判決を受ける(その後、大統領特赦により放免)。◆NPFL創設メンバー。
DWANA, Jerry
テイラー大統領の特別護衛兵(1997年)。97年7月に強盗容疑で逮捕される。
DWEH, George
ドー政権のメンバー。リベリア電気公社の管理職。◆ULIMO指名のTLA議員(グランドゲデ州選出、1993年10月〜94年3月)となるが、人権侵害の疑いでアメリカ政府に告発される。
EASTMAN, Theophious Ernest(1933年〜)
アメリコ=ライベリアン名家イーストマン家出身者。メリーランド州にて出生。米コロンビア大を卒業。国務省アジア・アフリカ局初代局長(1963〜65年)、国務次官(65〜68年)、外務次官(68〜72年)、ナイロビ駐在リベリア大使(72〜74年)、マノ川連合事務局長(77〜83年)、外相(83〜85年)など、タブマン政権期からドー政権期にいたるリベリアの全政権で要職を歴任。◆テイラー内閣の大統領付国務省(97年8月〜)。
FAHN, Bedell
NPFL指名のTLA議員(マージビ州選出、1993年10月〜94年3月)。
FAHNBULLEH, Henry Boima, Jr.
ヴァイ族出身者。父は有名な歴史学者で外交官のHenry FAHNBULLEH, Sr.。1949年7月16日、モンロヴィア市にて出生。74年にハワード大で政治学修士号、78年にジョージワシントン大で国際政治学博士号を取得。リベリア大助教授(78〜80年)、タブマン期、トルバート期を通じ、MOJA中核メンバーとしてアメリコ=ライベリアン支配体制に抵抗した。ドー政権期に文相(80〜81年)、外相(81〜83年)を歴任。◆97年総選挙で、RAP党首として大統領選に出馬した。
FAHR, Bedel
FARCATHY, Teah
NPFL指名のTLA議員(グランドクルー州選出、1993年10月〜94年3月)。
FINEBOY, Peter
NPFL指名のTLA議員(グランドゲデ州選出、1993年10月〜94年3月)。
FOFANA, Bangaly/Bangalee
ドー政権期の新憲法起草委員会メンバー。◆テイラー内閣の通産相(1997年8月〜)。
FRANCIS, Michael Kpakala(1936年〜)
マイケル・フランシス:モンロヴィア管区ローマンカトリック教会大司教。1936年2月12日にカカタ市で出生。ガーナの神学校を卒業し、63年に司祭を叙階。サニケリエ市で教区牧師をつとめた後、72年に渡米、ワシントンで大学院教育を受ける。帰国後、バルンガ市の神学校校長を経て、76年12月にリベリア人初のモンロヴィア管区大司教を叙階される。◆90年、モンロヴィア市でギオ族・マノ族の一般住民を虐殺したリベリア国軍への抗議行動を主宰。91年のリベリア国民会議では議長をつとめる。内戦期を通じ、テイラー糾弾の発言をつらぬく。
GAIWAY, Toga Macintosh
1991年の全リベリア国民会議におけるNPFL代表。
GARLAWOLO, Francis
NPFL指名の第二次LNTG法相(1995年9月〜96年9月)。97年の国民議会選で、ボン州選出のNPP系上院議員に当選した。
GAYE, Moses
AFL将校。1993年9月に、ハーベル虐殺事件の主犯格として逮捕される。
GAYE, Nixon
ニンバ州のギオ族出身者。NPFL将校。1994年8月にNPFL内の反乱未遂事件で同軍兵士に拘禁され、”バルンガ本部での尋問中に死亡”と発表される。
GBABA, Joseph
クラン族出身者。第四次IGNUの閣僚に指名されるが、出身民族を理由にTLAで指名批准が拒否される。
GBALA, Gbai M.
ULAA議長(1979〜80年)。政治学者。ドー政権期にはPRCの上級顧問として、NPFLの結党準備と総選挙のキャンペーン活動を指示する。◆第一次IGNUメンバー(90年9月〜91年1月)。ULIMO-J指名の第二次LNTG無任所国務相(95年9月〜97年8月)。
GBOLLIE, Fayah Sahr
元教師。農業経済学者。◆1997年総選挙で、FDP党首として大統領選に出馬した。
GOODRIDGE, Reginald
テイラー政権の大統領報道官(1997年8月〜)。アメリコ=ライベリアン出身者?
GORDON-SOMERS, Trevor(1940年〜)
ジャマイカ人。国連開発計画職員。◆国連リベリア特別代表(1992年11月〜94年12月)。
GORYON, Jerry
ニンバ州の最高首長。◆ULIMO指名のTLA議員(ニンバ州選出、1993年10月〜94年3月)。
GUANNU, Joseph Saye(1940年〜)
1940年、サニケリエ市にて出生。72年に米フォーダム大で政治学博士号を取得。69〜76年にニュージャージー州グラスボロ州立大で政治学を講ずる。帰国後、トルバート政権の外相補(76〜80年)に就任。ドー政権期にはアメリカ大使(81〜83年)、中国大使(83年〜?)を歴任。その後、野党LPPに参画。◆第二/三/四次IGNU暫定首班付国務相(91年1月〜94年3月)。
HOLDEN/HOLDER, Jim(?〜1992年)
第四次IGNU通産相(1991年6月〜92年3月)。在職中の92年3月に死亡。
HOWARD, Jewel
国立リベリア銀行副総裁。1980年代前半からテイラーの内妻となり、97年1月に結婚。アメリコ=ライベリアン出身者?
HOWARD, Sandra
テイラーの義姉妹。テイラー内閣の経済企画相(1997年8月〜)。アメリコ=ライベリアン出身者?
INIENGER, John Mark
ナイジェリア陸軍少尉。ECOMOG総司令官(1994年〜96年8月)。
JALLAH, Elder
ULIMO-J司令官。
JALLAH, Peter
ドー政権期の野党UP幹部。1985年、クィウォンパ事件の余波で一時拘留される。◆NPFL指名の第二次LNTG法相(96年11月〜97年8月)。テイラー内閣の法相(97年8月〜)。
JAYJAY, Roosevelt
IGNU指名の第一次LNTG郵政相(1994年5月〜95年8月)。
JOHNSON, Elmer Glee(?〜1990年)
NPFL創設メンバー。テイラー側近の軍事指導者だったが、1990年のブキャナン侵攻中に戦死。
JOHNSON, Jonathan
ULIMO-K指名の第二次LNTG厚相(1997年2月〜8月)。
JOHNSON, Prince Yormie(1959年〜、YormieはYeduoとも)
プリンス・ジョンソン:INPEL指導者。1959年、ニンバ州にてギオ族の両親から出生。71年に陸軍入隊。士官候補生の訓練を経て74年に中尉。アメリカでの訓練を経てリベリア憲兵隊長まで昇格するが、自動車事故の負傷により77年除隊。陸軍在籍中はドーの上官だった。85年のクィウォンパ事件ではクィウォンパの腹心として行動し、クーデタ失敗後にコートディヴォワールへ亡命。87年にテイラーのドー打倒組織に参画し、リビアでゲリラ訓練を受ける。◆89年末、NPFL軍司令官としてテイラーとともにニンバ州へ侵入。その直後からテイラーと政治理念をめぐって対立し、90年2月にテイラーから自軍兵士の処刑容疑をかけられたため同胞のギオ族兵士とともにNPFLを離脱、INPELを結成する。基本的に親アメリカ・親ECOMOG路線をつらぬき(アメリカ政府が彼に武器を調達したとの説もある)、テイラーとリビア政府との関係には当初から不満をいだく一方、アメリカの内戦介入を強く求めていた。91年には政党IDP(独立民主党:Independent Democratic Party)を結成したが、同年後半からINPEL内部での残虐行為が明らかになり、TLAからは殺人罪の容疑を、IGNUからは禁足処分を受け、しだいに影響力を弱めた。92年10月にINPELを解散し、ナイジェリアに亡命(ジョンソンの説明によれば、ナイジェリア軍に強制連行された)。94年半ばに、NPFL-CRCと同盟を結んだとの情報が一時流れたものの、以後はリベリアの国内情勢から完全に孤立し、97年4月にラゴスでキリスト教聖職者になる意向を明らかにした。
JOHNSON, Roosevelt
ルーズヴェルト・ジョンソン:ULIMO-J指導者。クラン族出身者。旧ULIMO軍将校。ULIMO分裂以前は初代指導者セーキエの側近だった。1994年3月にULIMO「軍事派」指導者クロマーの更迭を一方的に発表、クラン系兵士からなる独自の新勢力ULIMO-Jの指導者となる。同年後半より自軍の勢力を伸ばすが、翌95年7月、首都モンロヴィアでの豪奢な私生活が一部兵士の不興を買い、自宅を襲われる。同年には第二次LNTG地方開発相のポストを得るが、96年3月、ULIMO-Jの一部将校によりジョンソンの更迭が一方的に発表される。CSがこれを口実にジョンソンの逮捕をはかったため、BTC内に人質をとって籠城し、ULIMO-J兵士は首都で暴徒化、モンロヴィア騒乱へ発展した。翌年、第二次LNTG内閣の運輸省として復権(96年9月〜97年8月)。同年10月のテイラー暗殺未遂事件では首謀者の一人としてテイラーに非難される。97年総選挙ではいずれの政党にも属さず、挙国一致内閣ではテイラーの政敵として地方開発相に就任した(97年8月〜)。
JOHNSON, Tiahwee
LNTG任命のアビジャン駐在リベリア代理大使(1995年)。
JOHNSON-SIRLEAF, Ellen(1938年〜)
エレン・ジョンソン=サリフ:UP党首。1938年10月29日、モンロヴィア市でアメリコ=ライベリアンとゴラ族の両親から出生。ウィスコンシン大、コロラド大、ハーヴァード大で教育を受け、71年に行政学修士号を取得。帰国後は、財務局秘書官(72〜73年)に就任するが、トルバート体制に批判的となり渡米、世銀に勤務する(ラテンアメリカ諸国融資担当)。77年、トルバート政権下でふたたび蔵相補に就任、79年には蔵相に昇格。ドー政権期にはリベリア開発投資銀行総裁に任ぜられるが、数か月で辞任して世銀に復職する。81年、シティバンク・ナイロビ事務所の副所長。85年の総選挙では野党LAP指名の大統領候補となる。国内外のメディアから”リベリアの鉄の女”と形容された。80年にコートディヴォワール経由でアメリカへ亡命、国連開発計画アフリカ局長に就任。◆NPFLのニンバ州侵攻直後はテイラー支持を表明したが、以後はNPFLと一戦を画す。第一次IGNUメンバー(90年9月〜91年1月)。97年初頭にUP党首として大統領選に出馬した。アメリカ政府をはじめ国際世論の支持を得て、選挙期間中はテイラーの最大のライヴァルとして善戦した。
JONAH, James
国連リベリア特使(1996年)。
JULUE, Charles
クラン族出身者。ドー側近のリベリア国軍准将。1985年のクィウォンパ事件直後、ドーの命令によりニンバ州住民の報復虐殺を指揮した経歴をもつ。LAMCO(アメリカ=リベリア鉄鉱会社)元幹部。◆89年末にニンバ州へ派遣された国連部隊の第四代指揮官(90年4月〜)。テイラー軍に抗しきれず、戦場を放棄してアメリカで4年間の亡命生活を送る。94年9月のクーデタ未遂事件では首謀者としてECOMOGに逮捕されるが、2年後のモンロヴィア騒乱の渦中でAFL兵士により解放され、その後CSから全面的特赦を受けた(中将)。
KABAH, Francis
LPC指名の第二次LNTG経済企画相(1995年9月〜97年8月)。
KABAH, Maxwell
ULIMOスポークスマン(1993年)。テイラー内閣の郵政相(97年8月〜)。
KALOMOH, Tuliameni
ナミビア人。国連リベリア特別代表(1997年4月〜)。
KAMAH, Philip
クラン族出身者。AFL准将。1994年10月、ボウェンの後を受けて、LNTGから陸軍幕僚長に任命されるが、これを拒否。テイラー内閣の公安相に就任、国家安全保障会議議長(97年8月〜)。
KAMARA, Lusinee
ULIMO指名の第一次LNTG通産相(1994年5月〜95年8月)。ULIMO-K指名の第二次LNTG通産相(95年8月〜97年2月)。97年2月、TLA議長に指名される。
KAMARA, Manyu
ドー政権期の新憲法諮問委員会メンバー(ボン州選出)。◆ULIMO指名の第一次LNTG無任所国務相(1994年5月〜95年8月)。
KANDAKAI, Evelyn Watson
トルバート期の国民統合委員会メンバー(グランドケイプマウント州選出)。◆選挙管理委員会メンバー(1997年4月〜8月)。テイラー内閣の文相(97年8月〜)。
KANNEH, Vamba
ULIMO-K指名の第二次LNTG厚相(1995年9月〜97年2月)。97年2月、大統領選出馬をひかえたクロマーの後を受け、ULIMO-K指名のCSメンバーに就任(97年2月〜8月)。
KARPEH, Albert(〜1992年)
クラン族出身者。ドー政権期にシエラレオネ大使、国防相(1981〜82年)を歴任。◆内戦勃発後はフリータウンに亡命し、クラン系亡命者の団体「リベリア連合防衛軍」を結成、指導者となる。91年5月には同組織の代表としてULIMO結成に参画。当初は新勢力ULIMOの最高指揮者と報じられた。ULIMO分列後は「軍事派」ナンバー2(少将)となるが、92年6月、ULIMOの内部抗争によりフリータウンで暗殺される。
KARPEH, Francis
第四次IGNU蔵相代理、後に同蔵相へ昇格(1991年6月〜94年3月)。
KARYEE, William
ULIMO-Jの補給部隊将校(准将)。1996年3月のジョンソン更迭騒ぎでは、一時ULIMO-Jの新指導者と発表された。
KEITA, Varlee
ULIMO-K指名の第二次LNTG公共事業相(1995年9月〜97年8月)。
KESELLY, Edward Benyah
ロファ州でロマ族の両親から出生。父は元リベリア国軍総司令官。シカゴ、ジュネーヴで大学教育を受けた後、1971年にマンチェスター大で政治学博士号を取得。トルバート期に外相特別補、情報・文化・観光相、郵政相、地方開発相を歴任。80年の軍部クーデタでは一時拘留されたが、釈放後は新憲法諮問委員会議長に選出される(83年)。85年の大統領選ではUP党首として出馬、ドーに逮捕される。◆第二/三/四次IGNU国防相(91年1月〜93年)。
KOLLIE, Alfred
LPC指名の第二次LNTG郵政相(1995年9月〜97年8月)。
KORKOR, George
NPFL指名のTLA議員(ニンバ州選出、1993年10月〜94年3月)。
KPORMAKPOR, David
デヴィッド・ポーマポー:TCS議長。元判事。大学講師。ドー政権期の新憲法起草委員会メンバー。◆1993年8月にIGNUからTCSメンバーに指名され、TCS正式発足後は同議長に就任した(94年3月〜95年8月)。
KPOTO, Robert
ULIMO指名の第一次LNTG厚相(1994年5月〜95年8月)。
KROMAH, Alhaji G.V.(1953年〜)
エルハジ・クロマー:ULIMO-K指導者。1953年2月、ロファ州にてマンディンゴ族の両親から出生。アメリカで通信学修士号を取得後、ドー政権期にはラジオリベリア放送局長、情報相を歴任。ドーによるマンディンゴ族優遇策の最大の享受者として、国内の民族リーダーを自認する。◆内戦勃発後はギニアに亡命、同国政府(とくに内務相)との親しい関係に支えられてコナクリに拠点をおき、90年2月にマンディンゴ系亡命者の団体「リベリアムスリム救済運動」指導者となる。91年5月には同組織の代表としてULIMO結成に参画、同軍の司令官となる。92年のULIMO分裂では、内戦をジハードととらえるイスラーム原理主義を訴え、そのカリスマ性により「軍事派」の指導者となる。マンディンゴ族系の兵士を率いる彼のグループは「軍事派」の主流をなしていたが、94年3月にクラン族出身者のジョンソンが反旗をひるがえしたため、以後はULIMO-K指導者となる。通常はコナクリに在住。いわゆる”マンデ連帯”ではギニア政府から、イスラーム連帯としては湾岸諸国から武器調達・資金提供などの支援を受け、内戦終結時点でテイラーと並ぶ武装勢力のリーダーとなっていた。95年にはCSメンバーに就任(95年9月〜97年2月)。翌年のモンロヴィア騒乱ではテイラーと巨頭同盟を組み、クラン族連合の弱体化をはかった。97年総選挙では、ULIMO-Kの後身政党ALCOP党首として大統領選に出馬した。
KROMAH, Ansumana
ニンバ州のマンディンゴ族出身者。エルハジ・クロマーとの縁戚関係の有無は不明。ULIMO指名の第一次LNTG無任所国務相(1994年5月〜95年8月)。
KROMAH, Lansana
ニンバ州のマンディンゴ族出身者。エルハジ・クロマーの兄弟。ULIMO-K指名の第二次LNTG蔵相(1995年9月〜97年8月)。
KUPOLATI, Rufus
ナイジェリア陸軍少将。ECOMOG第三代総司令官(1991年2月〜?)。
KUYON, Bismarck N.(1935年〜)
トルバート期の国民統合委員会メンバー(ボン州選出)。◆内戦前半期のTLA議長。1993年8月にIGNUからTCS議長(93年8月〜11月)に指名されるが、TCS正式発足以前に解任される。
LLOYD, Edwin
モンロヴィア駐在ICRC代表。
MAHN, Sam
ULIMO指名の第一次LNTG運輸相(1994年5月〜95年8月)。
MALU, Victor
ナイジェリア陸軍将校。ECOMOG総司令官(1991〜92年?、96年8月?〜)。
MASON, Jonathan
1991年6月、INPEL指名の第四次IGNU国土・鉱山・エネルギー相に就任するが、INPELによる同年8月のIGNU離脱にともない、辞任。
MASSAQUOI, Francois
フランソワ・マサクォワ:LDF指導者。ロマ族出身者。LDF指名の第二次LNTG青年・スポーツ相(1995年9月〜97年8月)。97年総選挙ではNPFLに所属し、挙国一致内閣では青年・スポーツ相に就任した(97年8月〜)。
MASSAQUOI, Roland C.
NPFL政府”農相”(1990〜94年)。NPFL指名の第一次LNTG農相(94年5月〜95年8月)。NPFL指名の第二次LNTG農相(95年9月〜97年8月)。テイラー内閣の農相(97年8月〜)。
MATTHEWS, Gabriel Baccus(1948年=)
バッカス・マシューズ:UPP党首。1948年5月8日、モンロヴィア市にて出生。タブマン期に給費留学生として渡米し、72年にニューヨーク州立大で政治学学士号を取得。トルバート期の国務次官書記(72〜75年)、アメリカ駐在副領事(75年)。その後、MOJA中心メンバーとして反政府系の機関誌を発行し、トルバート政権への大規模な抗議運動を主導したため、79年に騒乱罪で死刑を宣告される。80年の軍部クーデタによる釈放後は、外相、内閣官房長官を歴任(80〜82年)。85年総選挙ではUPP党首として大統領選に出馬した。◆第一次IGNUメンバー(90年9月〜91年1月)。第二/三/四次IGNU外相(91年1月〜94年3月)。97年総選挙ではUPP党首として大統領選に再度出馬した。
MAYONGA, David
NPFL指名のTLA議員(1991年)。
McINTOSH, Togo
NPFL政府の”計画相”(1993年)。
MINOR, Grace
アメリコ=ライベリアン出身者。NPFL軍司令官。NPFL指名のTLA議員(モンセラード州選出、1993年10月〜94年3月)。
MODA, John
NPFLスポークスマン(1992年)。
MONIBA, Harry Fombah
元ロンドン駐在リベリア大使。ドー政権期の副大統領(1984〜90年)。◆ドー暗殺後にシエラレオネへ亡命。91年9月、フリータウンでリベリア新大統領を自称する。第三次IGNUの首班候補。97年総選挙では、LINU党首として大統領選に出馬した。
MOOSE, George
アフリカ担当米国務次官補(1996年)。
MORKONMANA, Nyudueh
NPFLメンバー。リベリア選挙管理委員会・委員長(1991年〜96年11月)。
MOUNTAIN, Ross
モンロヴィア駐在国連代表(救援担当;1993年)。
MUKOMENAN, Yudua
NPFL政府”労相”(1990年11月〜)。
MULBAH, Joe
元NPFLスポークスマン。NPFL指名の第一次LNTG情報相(1994年5月〜95年8月)の任期中、LNTG閣僚の行動を非難したラジオ局に報道管制をしき問題となる。NPFL指名の第二次LNTG情報・文化・観光相(96年8月〜97年8月)。テイラー内閣の情報・文化・観光相(97年8月〜)。
MUSA, Issac
イサック・ムサ:内戦後半期におけるテイラー三大側近の一人。元ロバーツフィールド国際空港駐留NPFL司令官。元カカタ基地駐留NPFL司令官(大将)。1993年10月にNPFLかTCS副議長に指名されるが、TCS正式発足後は同メンバーに降格(94年3月〜95年8月)。97年総選挙ではNPP党員として国民議会選に出馬した。
MUSULENG-COOPER, Dorothy
アメリコ=ライベリアン出身者。元LAMCO(アメリカ=リベリア鉄鉱会社)支配人。◆NPFL政府”文相”(1990年11月〜)。93年8月にNPFLから地TCS副議長に指名されるが、同年10月に解任。TCS指名の第一次LNTG外相(94年5月〜95年8月)。表向きはTCS指名だが実はNPFLの傀儡でないかと疑われた。
NAIGOW, Peter(1942年〜)
1942年出生。トルバート政権末期のTWP改革関連特別調査委員会メンバー。ドー政権期に情報相、内閣官房長、無任所国務相、労相を歴任。◆INPELスポークスマン。91年6月、INPEL指名の第四次IGNU副首班に就任するが、ジョンソンと不和が生じ、INPELがIGNUを離脱した同年8月に解任される。
NAYOU, Harry F.
クラン族出身者。ドー政権期の大統領付国務相(1982〜83年)。◆93年8月にULIMOが指名したTCS候補。
NDABORLOR, Jasper
ロファ州在住の神父。フォヤ地方住民の自衛連帯組織、フォヤ地域連合(Foya Regional Association)でスポークスマンをつとめた。
NEBLETT, James
ULIMO指名のTLA議員(マージビ州選出、1993年10月〜94年3月)。
NGANANA, Togba
第四次IGNU公共事業相(1991年6月〜94年3月)。
NIMLEY, David
クルー族出身者?ドー政権末期の大統領護衛隊将校。◆1990年9月のドー暗殺直後、大統領官邸でドーの正式な後継者を自称する。AFLの初代指導者として行動したが、91年に亡命。
NYAKYI, Anthonu
元タンザニア国連大使。◆国連リベリア特別代表(1994年12月〜97年4月)。
NYENSUAH, Augustine
NPFL指名のTLA議員(シノエ州選出、1993年10月〜94年3月)。
OLURIN, Adentuji
ナイジェリア陸軍大将。ECOMOG第五代総司令官(1992年10月〜93年9月)。
OPANDE, Daniel
ケニア陸軍少将。UNOMIL指揮官(?〜1995年12月)。
PAYE, Nelson
バッサ族出身者?ハーベル虐殺事件当時のAFL司令官(少佐)。
PERRY, Ruth Sando
ルース・ペリィ:CS議長。グランドケイプマウント州出身。チェイスマンハッタン銀行リベリア支店の役員として14年間勤務。ドー政権期の1985年総選挙では野党UPに所属、グランドケイプマウント州選出の上院議員(86〜90年)。このとき、ドーの投票操作に抗議する野党議員が一斉に選挙結果を否認するなか、彼女は自身の当選結果を受容。◆文民代表としてCS議長(96年9月〜97年8月)に就任。暫定政権首班とはいえアフリカ現在政治史上初の女性国家元首となる。7児の母。亡夫は元リベリア下院議員の法律家。
PETTY, Daniel
NPFL指名のTLA議員(1991年)。
PHILLIPS, Robert(1991年)
ドー政権の批判者。1985年のクィウォンパ事件で反逆罪の容疑を受ける。◆NPFLがニンバ州に侵攻した直後の90年1月、モンロヴィア市内で惨殺死体が発見される。
QUAINOO, Arnold
ガーナ陸軍大将。ECOMOG初代総司令官(1990年8月〜10月)。歴代のECOMOG総司令官中、唯一のガーナ軍人(彼以外は全員ナイジェリア陸軍将校)。ドゴニャロ司令官と対立し辞任。
QUIAH, Issac
ULIMO事務局長(1992年)。93年8月にULIMOが指名したTCS候補。
QUIAH, Oscar Jaryee
シノエ州のクラン族出身者。トルバート期に反逆罪で投獄された経歴をもつ。ドー政権期に自治相(1980〜81年)、公務員局長(85年)を歴任。◆内戦勃発後も首都に在住していたが、92年のモンロヴィア戦争で故郷シノエ州へ避難。94年、LPCがシノエ州のNPFL掌握地域を奪還した後でモンロヴィアにもどる。LNC指名のCS文民メンバー(95年9月〜97年8月)。しかし、テイラーからはLPC創設メンバーと疑われた。96年10月のテイラー暗殺未遂事件でも、テイラーに首謀者の一人として告発された。
QUIWONKPA, John
トマス・クィウォンパの兄弟。内戦勃発直後、ドーはコートディヴォワール政府に対し、彼の本国送還を要求していた。
QUIWONKPA, Thomas Gunkama(1955〜1985年)
トマス・クィウォンパ:ドー政権前半期のリベリア陸軍総司令官。1955年7月25日、ニンバ州ズアレィ村にてギオ族の両親より出生。71年に陸軍入隊。BTC配属中の78年に高校卒業資格を取得。二等軍曹に昇格。80年の軍部クーデタではPRC中核メンバーとしてすぐれた統率力を発揮、クーデタを成功に導く。PRC軍事政権樹立後は准将に特進するが、豪奢な生活を嫌い陸軍総司令官として兵舎生活をおくる。PRCメンバーとして早期の民政移管を唯一うったえたため内部で孤立、83年にはPRC書記長に降格される。この処遇を拒否して陸軍を除隊するが、同年11月にはドー政権の転覆容疑もかけられ、コートディヴォワールとアメリカ(バルティモア)で2年の亡命生活。亡命中にドー政権の打倒を決意し、85年11月にギオ族主力の兵を率いてシエラレオネからリベリア国内に侵入、クーデタを試みるが政権奪回を目前にして失敗、処刑される。ドーはこの報復として、クラン族主力の国軍部隊をニンバ州に投入、クィウォンパの同胞であるギオ族・マノ族の一般住民600〜1500名を虐殺した(=クィウォンパ事件)。NPFLの創設に加わったギオ族出身者のあいだには、クィウォンパをNPFL革命の先駆者とみなす者が多かった(クィウォンパ事件とリベリア内戦の関係については、拙稿[1993]、ウォエウィユ[1998]参照)。
REFFELL, Victoria
NPFL指名の第二次LNTG情報・文化・観光相(1995年9月〜96年8月)。LCNラジオ局長(96年8月〜97年2月)。大統領選に出馬するテイラーの後を受け、NPFL指名のCSメンバーに就任(97年2月〜8月)。
RICHARDS, Walter
アメリコ=ライベリアン出身者。ドー政権期の文相補。◆1993年8月にNPFLが指名したTCSメンバー候補。
RICHARDSON, John T.
ジョン・リチャードソン:内戦後半期におけるテイラー三大側近の一人。アメリコ=ライベリアン名家リチャードソン家出身者。モンロヴィア駐在のNPFLスポークスマン(1994年〜)。武装・動員解除国民委員会実行委員長(97年)。テイラー内閣の公共事業相(97年8月〜)。
ROBINSON, Leonard
アフリカ担当米国務次官補(1992年)。
SACKOR, Edoward K.
ニンバ州のマンディンゴ族出身。ドー政権期の内務相。◆1990年1月にニンバ州の反乱分子支援の疑いでドーに内務相ポストを解任される。以後、テイラーの顧問に転身。NPFL指名の第二次LNTG内務相(96年8月〜97年8月)。テイラー内閣の内務相(97年8月〜)。
SALEEBY, Elias/Elie
ワシントン州の世銀職員。◆世銀を辞しテイラー内閣の蔵相に就任(1997年8月〜)。
SAMBOLA, Frank
NPFL指名のTLA議員(グランドケイプマウント州選出、1993年10月〜94年3月)。
SANKAWULO, Wilton S.(1937年〜)
ウィルトン・サンカウロ:CS議長。作家。1937年、ボン州ハインディ村にて出生。アメリカのルーテル神学校を卒業後、アイオワ大の作家養成教室で修士号を取得。民話に着想を得た多数の短編作品で有名になる。トルバート期には情報相付特別調査員、大統領付国務相補をつとめ、トルバートの伝記も執筆する。80年代は、リベリア大やモンロヴィアカトリック神学校で英米文学を講じる。ドー政権の内閣官房長(83年)。◆文民代表としてCS議長(95年9月〜96年9月)に就任するが、ECOWAS会議の席上でテイラーの傀儡と告発され辞任。
SANKOH, Foday(1935年〜)
フォディ・サンコー:RUF指導者。シエラレオネ人。シエラレオネの独立期に陸軍に入隊、伍長の階級で写真撮影係を担当する。1971年のクーデタ未遂事件に連座して数年間を獄中ですごす。77年の釈放後にガーナへ亡命、西アフリカ諸国を転々と移動した後、リビア滞在中にテイラーと出会う。◆89年末、NPFLの一員としてニンバ州へ侵入。その後、NPFLの組織的支援によりシエラレオネへ移動、RUFを結成する。ラジオ放送で声明を流す以外、公の前にはほとんど姿を見せないため、死亡説・重病説がしばしば取りざたされてきた。
SANYANG, Kukoi Samba
ガンビア人の反政府ゲリラメンバー。1981年、バンジュルで自国のクーデタ未遂事件に参画したのち、ゲリラ活動を支援していたリビアに亡命。80年代後半にトリポリでテイラーと出会い、最初期のNPFLに参画。テイラー側近としてNPFLの”副大統領”となる。89年のニンバ州侵攻以前にNPFLを離脱、ワガドゥグに向かった。
SAWYER, Amos(1945年〜)
エイモス・ソーヤー:IGNU首班。1945年6月15日、シノエ州グリーンヴィル市にて出生。高校在学時に交換留学生制度で渡米。帰国後、リベリア大政治学部を主席で卒業。68年よりリベリア大で政治学を講じ、73年にはノースウェスタン大で博士号を取得。70年代初頭に国内の民主化運動に身を投じ、MOJA中心メンバーとなる。79年にはモンロヴィア市長選に立候補するが、彼の影響力をおそれるトルバート政権により選挙が延期される。ドー政権期の81年には新憲法起草委員会議長に任命され、リベリア大政治学部におけるドーの特別講師にも選ばれる。しかし84年8月に新政党LPPを結成した直後に逮捕される。ソーヤー釈放要求の学生・住民運動がモンロヴィア市内に巻き起こるなか、同年10月に釈放されるが、政治活動が禁止されたため、86年に渡米。国外からリベリアの民主化運動を支援する。◆NPFLのニンバ州侵攻をワシントンで知ると、ドーの腐敗政治に不可避の事態が生じたとしながら、テイラー支持の立場はとらなかった。ECOWASにより第一次IGNU首班に就任、以後もIGNUの全政権で首班を歴任した(90年9月〜94年3月)。退任後もLNTG政府の非公式交渉役を担当し、リベリアの和平回復に貢献した。
SCOTT, Gloria
NPFL指名の第二次LNTG法相(1996年9月〜11月)。その後、NPFL指名の選挙管理委員会委員長(96年11月〜97年4月)および同委員会メンバー(97年4月〜)を歴任。テイラー政権の最高裁長官(97年8月〜)。
SCOTT, Jenkins K.Z.B.
ドー政権期の法相(1983〜90年)。◆91年に新大統領を自称したモニバ元・副大統領の側近。その後ULIMO幹部に転身。ULIMO指名の選挙管理委員会メンバーに就任した際、ドー政権期の暴力行為を理由に職務能力を問題視する声があがった。イスラーム教徒。
SEEKIE, Raleigh
ロリー・セーキエ:旧ULIMO指導者。ドー政権期の蔵相補。◆ULIMOの台頭次に指導者とされたが、1992年5月クロマーにより更迭され、翌6月のULIMO分列後は、弱小のULIMO「政治派」指導者としてフリータウンに滞在、組織の中枢からはずれた。ULIMO-KとULIMO-Jの分裂が生じた94年以後は、元側近のジョンソンに接近、ULIMO-J指名の第二次LNTG国立リベリア銀行総裁に就任(95年9月〜96年1月)。挙国一致内閣では政党無所属で運輸省に就任した(97年8月〜)。
SEYON, Patrick L.N.(1936年〜)
トルバート政権末期の国家再建委員会メンバー。ドー政権期の新憲法起草委員会メンバー。リベリア大学副学長。◆「リベリア立憲民主主義協会」代表として1990年後半のリベリア和平会議に出席。内戦前半期の選挙管理委員会メンバー。
SHAGAYA, John
ナイジェリア陸軍少将。ECOMOG第六代総司令官(1993年9月〜?)。
SHAW, Emmanuel L.,II
アメリコ=ライベリアン出身者?ドー政権期の蔵相、通産相。リベリア開発投資銀行総裁。◆テイラー政権の大統領顧問(財務担当、1997年8月〜)。
SHERIFF, Alieu
ULIMO-K指名の第二次LNTG内閣官房長官(1995年9月〜97年8月)。
SHERIFF, Martin
政治経歴のない実業家。1997年総選挙で、NRP党首として大統領選に出馬。
SHERIFF, Mohamed(1942年〜)
マンディンゴ族出身者。医師。ユネスコ職員。◆ULIMOからTCS副議長(1993年8月〜94年3月)に指名されるが、TCS正式発足後は同メンバーに降格(94年3月〜95年8月)。
SHERMAN, Rudolph
アメリコ=ライベリアン名家シャーマン家出身。元上院議院。◆1997年総選挙におけるTWP党首。
SIRLEAF, Momolu V. Sackor
モモル・サリフ:内戦後半期におけるテイラー三大側近の一人。NPFL政府”外相”(1993年〜)。NPFL指名の第二次LNTG外相(95年9月〜97年8月)。
SLEWANO, Harrison
シノエ州選出のNPP系上院議員(1997年8月〜)。
SMITH, Dane
米国務省西アフリカ担当局長。1995年2月、リベリア特使に就任。
SMITH, Edward
1989年末にニンバ州へ派遣された国軍部隊の初代指揮官(大将:89年12月〜90年1月)。
SMITH, Samuel G.
NPFL指名のTLA議員(リヴァーセス州選出、1993年10月〜94年3月)。
SUAH, Joshua/Nah John
NPFL指名の第二次LNTG内務相(1995年9月〜96年8月)。
SUMO, Mary
NPFL指名のTLA議院(ボン州選出、1993年10月〜94年3月)。
SUPUWOOD, Laveli/Lawell
NPFLブレーン。NPFL指名の第一次LNTG法相(1994年5月〜95年8月)。入閣後の94年後半にNPFL-CRCの創設メンバーとなった。
TABIOR/TAYBIOR, Joseph
ULIMO事務局長(1992年)。ULIMO指名のTLA議員(グランドバッサ州選出、93年10月〜94年3月)。
TAILOR/TAYLOR, Tamba
国内のキシ族全住民を管轄するロファ州在住の最高首長。推定年齢80歳前後(内職時)。伝統首長の家系にはないが、1955年の住民選挙で最高首長に初当選して以来、実子の一人をトルバート副大統領(当時)邸へ里子に出すなど、アメリコ=ライベリアンの権力中枢に接近して、地域のインフラ整備を振興した。70年代以後は、国内で最も有名で影響力のある最高首長とみなされる。◆NPFLとULIMO-Kの非公式な推薦を受けつつも”文民代表”としてCSメンバーに就任(95年9月〜97年8月)。
TALAH, Mahmud Muhammad
エジプト陸軍少尉。UNOMIL指揮官(1995年12月〜?)。
TARPEH, James Teah(1940年〜)
ドー政権期の新憲法起草委員会メンバー。◆1990年に高等教育組合代表としてリベリア和平会議に出席。その後、ラゴス駐在リベリア大使に就任。
TARPEH, Wilson K.
アメリカで教育を受けた実務派の銀行家。◆ULIMO指名の第一次LNTG蔵相(1994年5月〜95年8月)。リベリア開発投資銀行総裁(95年)。
TARR, Stephen Byron
経済学者。1943年、グランドバッサ州パラドゥア村にてバッサ族の両親から出生。72年にイリノイ大で経済学博士号を取得。トルバート期には蔵相代理、国連・多国籍企業担当官、公法人検査官を歴任。ドー政権期の経企相(81〜82年)。その後、野党LAP指導者となるが、クィウォンパ事件の余波で逮捕される。◆第二/三/四次IGNU蔵相(91年1月〜11月)。
TATE, Joe
NPFL指名の警察庁長官(1995年〜)。在職中の96年前半に、NPFLの告発記事を掲載した新聞社の幹部を数回にわたり逮捕、言論弾圧の疑いをもたれる。テイラー政権下も、同ポストでの留任が決定した。
TAYHOR, Hon Dexter
クラン族出身者。ULIMOスポークスマン。ULIMO指名のTCS副議長(1994年3月〜95年8月)。
TAYLOR, Bob
チャールズ・テイラーの兄弟。テイラー政権の森林開発庁長官(1997年8月〜)。
TAYLOR, Charles McArthur Ghankay(1948年〜)
チャールズ・テイラー:NPFL指導者→リベリア共和国第22代大統領。1948年1月28日、モンロヴィア市の高級住宅地区アーティトンで、アメリコ=ライベリアン(一説にはアフリカ系アメリカ人)の父、ゴラ族(一説にはギオ族)出身の母より出生。70年代に渡米し、マサチューセッツ州ベントリィカレッジで経済学士号(一説には博士号)を取得。プラスチック工場で機械工として働きつつ勉学と政治活動をおこなう。80年、トルバート大統領に招かれたULAA代表団の一員として帰国。MOJAの集会にも参加。トルバート政権の公共調達庁副長官に就任した直後にドーの軍部クーデタが発生。当時の長官が亡命したため、自動的に同庁長官へ昇格。82年、工務で渡米したまま予定期日までに帰国しなかったため、アメリカ亡命中の旧TWPメンバー(アメリコ=ライベリアン)と連絡をとっていたとの憶測や、公金を国外に持ち出したなどの疑惑が一部で流れる。翌83年、90万ドルの公金横領容疑で通産相補に降格、政府が汚職を追求しはじめる直前にアメリカへ逃亡。まもなくボストン市で拘留されるが、本国送還処分を待つ収監中に脱獄。メキシコ・スペイン・フランスを経由して、85年ごろアクラへ到着。同年にはクィウォンパのクーデタ計画にアクラから関与(彼の前妻は、クィウォンパの遠縁にあたるギオ族出身の女性だった)。87年、アクラ駐在ブルギナファソ大使を介してリビア政府と接触し、アビジャンではリベリア人亡命者グループと接触。ニンバ州出身の避難民や元兵士とクーデタ未遂事件をおこした複数のガンビア人とも接触。89年時点で、すでに完成したゲリラ組織NPFLをアビジャンの拠点に待機させていた。◆89年末にコートディヴォワール国境を越えてニンバ州に侵入。90年7月には国土の大半を掌握してモンロヴィアに進撃する一大勢力の首領となる。ドー政権およびクラン族偏重主義に強烈な敵意をもち、ドー政権と親しい関係にあったナイジェリア政府とECOMOGにも反感をいだいていた。たび重なるECOWASの和平交渉を通じ、武装解除の協定書調印直後に前言をひるがえす戦略をとりつづけた。だが、「暫定政府のメンバーに選出された者も、大統領選における被選挙権を失わない」との条項が和平合意に付加された95年以後は交渉の態度も一変し、同年9月には自ら進んでCSメンバー(95年9月〜97年8月)に就任。97年2月末には総選挙をにらんでCSを辞任し、NPFLの後身組織であるNPP党首として大統領選に出馬した。もっぱら内戦の即時終結を願う国民により、7月の投票結果はテイラーの圧勝。8月2日、リベリア共和国第22代大統領の就任宣誓を行う。内戦末期に2度の暗殺未遂を経験するなど、新大統領をとりまく情勢はいまだ不安要素をかかえている。97年1月に再婚。8児の父。
TAYLOR, Nelson(?〜1993年)
チャールズ・テイラーの実兄。NPFL将校のなかでも残虐行為で知られた野戦司令官。ボン州、グランドバッサ州、シノエ州などで住民への虐殺をくりかえしたが、1993年10月、LPC兵士に拉致・殺害された。
TEH, Tarty
LPCスポークスマン。
TEJE, Reginald
第四次IGNU郵政相(1991年6月〜94年3月)
TIPOTEH, Togba Nah(1941年〜)
トバ・ナー・ティポテ:MOJA創始者。1941年7月17日、モンロヴィア市にてクルー族の両親から出生。本名はRudolph Nah ROBERTS。彼の通称は、貧しいリベリア人が履く中古タイヤ製のサンダルの呼び名からとられた。69年、ネブラスカ大で経済学博士号を取得。リベリア大経済学部助教授(71〜74年)。トルバート政府の予算担当顧問(71〜73年)。71年には”Susukuu”、73年にはMOJAを結成し、左翼系の人権擁護活動に身を投じた。ドー政権初期の経企相(80〜81年)に就任するが、81年にヨーロッパへ亡命した。◆97年総選挙で、LPP党首として大統領選に出馬。
TOGBAH, David
ULIMO指名のTLA議員(グランドゲデ州選出、1993年10月〜94年3月)。
TATAYE, Comaye
ULIMO-J将校。
TSABALALA, Ruth
モンロヴィア駐在WHO代表。
TUBMAN, Winston A.
アメリコ=ライベリアン出身者。タブマン元大統領の甥。ドー政権期の法相(1982〜83年)◆NPFL代表として第一次IGNUメンバーに選出される(90年9月〜91年1月)。
TWADDELL, William
モンロヴィア駐在アメリカ大使。その後、アフリカ担当米国務次官補に就任。
VAH, Moses
LPC指名の第二次LNTG文相(1995年9月〜97年8月)。
VOS, Peter Jon de
アメリカ人外交官。モザンビーク、ギニアビサウ、カボヴェルデなどのアフリカ諸国でアメリカ大使を歴任。◆モンロヴィア駐在アメリカ大使(1990年4月〜?)。
VOVLO, Arma
ULIMO司令官(1991年)。
WAKO, Amos
ケニアの法務長官。1993年8月に国連・ハーベル虐殺事件調査団長に任命される。
WALKER, Octavius
クラン族出身者。ドー政権期の官吏。◆LPC事務局長。ボレィの側近。LPCが台頭した当初は組織指導者と伝えられた。
WANETH, Calbert
1992年末、滞在先のアメリカからニンバ州にNRCを組織した。
WARD, Amelia
第二/三/四次IGNU経済企画相(1991年1月〜94年3月)。IGNU指名の第一次LNTG経済企画相(94年5月〜95年8月)。
WARE, Sande
IGNU指名の第一次LNTG国防相(1994年5月〜95年8月)。
WARITAY, Lamini A.
ドー政権期の政府系新聞編集者。◆リベリア報道協会会長。第四次IGNU情報・文化・観光相(1991年6月〜94年3月)。
WASHINGTON, George Toe
ドー政権期のリベリア国軍司令官。◆1997年総選挙で、PDPL党首として大統領選に出馬。
WIE, Paul Alan
ドー政権期の高官。◆1991年に新大統領を自称したモニバ副大統領の側近。その後、ULIMO事務局長に転身した。
WILLIAM, Bill
モンロヴィア駐在アメリカ大使(1996年)。
WILSON, Peter
ULIMO指名のTLA議員(1993年10月〜94年3月)。
WION, Madison/Adison
ドー側近の政治家。◆ULIMO「政治派」のナンバー2だったが、1996年のモンロヴィア騒乱時点ではULIMO-Jのスポークスマンに転身していた。97年7月、テイラー暗殺未遂容疑でECOMOGに逮捕される。
WISSEH, Commany
IGNU指名の第一次LNTG青年・スポーツ相(1994年5月〜95年8月)。
WOEWIYU, Thomas Joconte
トム・ウォエウィユ:NPFL-CRC指導者。ギオ族出身者(出生地はグランドバッサ州)。ULAA議長(1983〜84年)。◆NPFL創設以来のブレーン。内戦初期の90年6月以来、一連の停戦交渉にNPFL代表として出席。組織の政治目標をめぐり93年前半からテイラーと対立。94年、NPFL指名の第一次LNTG公共事業相(94年5月〜95年8月)に就任するが、入閣直後の7月に反テイラーの声明を発表。NPFLが指名した他の閣僚2名とともにNPFL分離派NPFL-CRCを結成する。NPFLの組織構造の歪み、とくに同胞のギオ族・マノ族出身者がアメリコ=ライベリアン中心の組織上層部から疎外されてきた点に不満をいだいていた。またECOMOGのリベリア介入を”新たなパンアフリカニズム”と歓迎する一方、テイラーの好戦主義をリベリア和平の最大の障害とみなしていた。ラゴス亡命中のプリンス・ジョンソンとの密約も一時は取りざたされ、94年に他の武装勢力とバルンガのNPFL本部を占拠した際にはNPFLの新指導者を宣言。同年末時点でテイラーの最大のライヴァルとされていた。しかしCSメンバーの人選が内戦各派の間で討議された際、テイラーがウォエウィユのCSメンバー就任を頑強に拒んだため、第二次LNTGの労相に就任(95年9月〜97年8月)。挙国一致内閣でも、政党無所属でふたたび労相に就任した(97年8月〜)。
WOTORSON, Cletus Segde
アメリコ=ライベリアン出身者。地球物理学者。トルバート政権末期の国土・鉱山相(1978〜80年)。リベリア石油精製会社の元重役。リベリアサッカー協会の元・副会長。◆97年総選挙で、一時は7党連合の統一候補として指名されたが、他の党派からテイラーの傀儡と憶測された。その後7党連合は瓦解し、LAP・LUP・TWPの指名候補として大統領選に出馬した。
WUREH, Weade Koabbah
LPCメンバー。カトリック教徒。難民帰還担当の政府高官。1997年、大統領選出馬をひかえたボレィの後を受け、LPC指名のCSメンバーに就任(97年2月〜8月)。
YORK, Eisenhouwer
ULIMO-J指名の第二次LNTG国立リベリア銀行総裁代理(1996年3月〜9月)。
YOULO, Armah
アルマ・ユロ:CDF指導者。ULIMO-Jナンバー2の軍司令官。ULIMO-J指名の第二次LNTG運輸相(1995年9月〜?)。95年、首都での豪奢な私生活が反感を買い、自軍ULIMO-J兵士に自宅を襲われる。その後ジョンソンと対立し、96年3月のジョンソン更迭騒ぎでは、造反者の一人と目される。同年6月にテイラーの傀儡武装勢力CDF指導者となり、ULIMO-Jと戦闘をはじめた。
YUAN, Harry T.
ギオ族出身者。ドー政権期のリベリア電力公社幹部、ニンバ州選出の暫定国民議会メンバー(1984年)。クィウォンパの更迭事件に連座して死刑判決を受ける(大統領特赦で放免)。◆NPFL創設メンバー。
ZANGAI, Levi
第四次IGNU無任所国務相(1991年6月〜94年3月)。IGNU指名の第一次LNTG文相(94年5月〜95年8月)。
ZAYZAY, Augustine
NPFL指名のTLA議員(ロファ州選出、1993年10月〜94年3月)。テイラー政権の無任所国務相(97年8月〜)。
ZIAH, Thomas
クラン族出身者。ULIMOからTCSメンバー(1993年8月〜94年3月)に指名されるが、TCS正式発足後に解任された。この人事が、ULIMO「軍事派」におけるマンディンゴ族・クラン族間の分裂を加速させた。
ZIMMERMANN, Hans
国連リベリア特別連絡官代理(1991年)。

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