アトリエIII. 仏領西アフリカの記憶


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植民地の記憶

以下で日本語に訳したテクストは、フランス植民地期のさまざまなできごとについてダナネ地方南部のダン語話者14名の方々に語っていただいた記憶の断片を集めたものです。

 大小あわせて40をかぞえるこれらのテクストは、かならずしも植民地を主たる話題としないインタヴューの場でダン語もしくはフランス語により表明されたもので、その大半はインタヴュー後の録音テープを転写のうえ編集したものです。

 御高齢でインタヴューに臨まれた方々のうち、すでに幾人かは幽冥界を異にされてしまいました。またそこで−ときには自身の経験として−語られた記憶の内容が、銃の供出に際して拷問された男性や人頭税納入のために身売りされた女性、重責におしつぶされ自殺した行政首長など、およそ暗澹たる結末をともなうことは、あながち編集者の恣意によるものともいえません。厳密な史料にもとづく歴史学研究と比べるなら、それはあまりに些末で漠とした情報の集積にすぎないかもしれませんが、またあまりに深刻でかけがえのない個々人の記憶の断片であることもたしかです。

 アジアよりも広大なアフリカ大陸のなかで、以下のテクストがカヴァーする地域も、その点では些末このうえありません。フランス本国の約8倍の面積をほこっていた仏領西アフリカのうち(図4)、以下で対象となるのは旧仏領象牙海岸(現コートディヴォワール共和国)西部辺境のマン管区ダナネ地区(現ダナネ県:総面積5580平方キロメートル)に限られています。しかもフランス植民地期の行政単位カントン(表1)でいえば、同地区6カントンのうち以下ではブロッセ(Blosse)、ロレ(Lolle)、クーランレ(Koulinle)の3カントンで生起した事件の記憶が対象とされているにすぎません(図2)。しかしながら、それがあくまで植民地という、同時代の非西洋世界を対象としてある程度まで画一的な構築が試みられた西欧帝国主義の統治システムをめぐる住民側=被統治者側の記憶であるからには、これらのささやかな証言例にも、単に象牙海岸にとどまらず仏領西アフリカ、ひいては他のフランス海外領土にまで連絡可能ないくつかの研究上の価値と可能性が潜在していることにもなるでしょう。


収録テクストについて

全テクストを3期の時代区分、すなわち平定作戦期(19世紀末〜1915年)、両大戦間期(1915〜39年)、脱植民地期(1940〜58年)へとおおまかに分類しながら、内容が相互に関連するものを順に並べました。各テクストの末尾には、語句や史実にまつわる最低限の注記を添えました。ダン語転写テクストのうち、発音表記については国立コートディヴォワール大学・応用言語学研究所によるダン語ブロッセ方言の表記法におおむね準拠しましたが、音調表記については煩瑣をさけ略しました。フランス語転写テクストについては、正確な文法表現の如何をとわず、話者による実際の発話内容を極力そのままの形で転写しました。また転写テクスト中、話者の主たる使用言語がフランス語の場合はダン語表現箇所に、ダン語の場合はフランス語表現箇所にそれぞれ下線を付してあります。

 テクストに関連する略年表のほか、原住民首長の系譜図、ダナネの歴代地区長官名、象牙海岸植民地の歴代総督名など、訳文の理解をたすける資料も付録として添えました。適宜ご参照ください。テクストに登場する人名や発話者の氏名については、植民地首長による権力行使の実態をふくめ忠実な証言記録を望まれたカントン長の子息ドー・マベア氏をはじめ(テクスト204, 301参照)、話者の意向とそれぞれに異なる主張・見解とを尊重し、あえて実名のまま記載してあります。

 なお、本アトリエ所収のテクスト群は、2000年発表の拙稿「仏領西アフリカの記憶−ダン語およびフランス語によるインタヴュー記録」『アフリカ比較研究に向けて−諸学の挑戦』(平野克己 編)アジア経済研究所調査研究報告書,pp.173-259.をもとにしたものです。


植民地の記憶にまつわるダン語基本語彙(訳語の五十音順)

*植民地とその統治にまつわるダン語の基本語彙を以下に記しました。あらかじめご一読の うえ、人々の記憶がおりなす語りの世界を訪れてください。

イェンテネyentene/カピテーネkapiteene
それぞれフランス語の《Lieutenant》《Capitaine》が転化したもので、植民地軍のフランス人将校をさす

クマナ kumana
フランス語の《Commandant》が転化したもの。語りの脈絡が植民地期ならばフランス人の管区長官または地区司令官を、また独立以後ならば共和国政府任命の県知事または郡知事をさす

ゴ Go
植民地化以前のダン村落社会で一定の影響力をもっていた男子結社組織、もしくはその代表者である結社長をさす。ゴ結社は、数ヵ村〜数十ヵ村の規模をもつダンの地縁単位「セ se」の組織原理をなし、村落生活における紛争調停の権力として機能していたものと推定される。そうしたゴの権力基盤は、フランスの植民地化による接合統治の導入、およびカントン長への裁定権の移行にともない、大きく揺るがされることになった(テクスト209〜212参照)。

ゴの村 Go po
ゴの結社長ポストを代々継承してきた父系リニージがくらす、各セの枢軸村

ズアン=ウニアン村 Zuenwio
ダナネ県ズアン=ウニアン郡の郡庁所在地ズアン=ウニアン市(1988年センサスで市街人口8494人)は、1913年の平定作戦に際してフランス側の軍事基地が建設されるまで、小村のひとつにすぎなかった

ダナネ村 Daandho
ダナネ県の県庁所在地ダナネ市(1988年センサスで市街人口30506人)は、平定作戦前夜の1906年にローラン中尉が軍事基地を建設するまで、小村のひとつにすぎなかった

土地の父se de/戦争の父glu de
仏領西アフリカの原住民政策で法制化された原住民首長「カントン長」をさすダン語表現。この脈絡での「土地=セse」とは、植民地の行政区分「カントン」の意であり、「父」はカントン長への讃え名にちかいニュアンスをもつ。植民地化以前のダン社会では、ゴ結社の配下に一種の「戦争首長」ともいえる戦士層のリーダーがおり、「戦争の父」の讃え名で呼ばれていた。平定作戦に際してダナネ南部の各地で任命されたカントン長は、ゴ結社のいわば防壁としてフランス側にさしだされたこれらの「戦争の父」だった。そのため、植民地化以前の「戦争の父」と、植民地期のカントン長をさす「土地の父」とが、今日にいたるまで概念としてしばしば混用されてきた

ヌオン川の向こう Nuon zloo/yi zloo
リベリア共和国の領土をさす。ヌオン川(リベリア呼称:セス川)は、ダン居住域内における仏領西アフリカとリベリアとの自然国境を形成していた

プロード ploodho
植民地期の強制労働による賦役夫をさし(とくにテクスト201参照)、フランス語の《prestataire》が転化したものと推測される。ダンのフランス語話者はこれを「奴隷esclave」とも訳すが、植民地化以前の村落社会にみられた家内奴隷については、別の名詞がダン語に存在する

兵隊 dhasi(白人の〜/マンデの〜)
フランス語の《soldat》が転化したもので、植民地平定軍の指揮下にあった仏領西アフリカの黒人編成部隊のこと。ダン族居住域には、現在のセネガル、マリ、ギニアの北マンデ系出身者からなる狙撃兵混成部隊が投入された

ミタニョー mitanyoo
フランス語の《mitrailleuse》が転化したもので、平定作戦期の仏領西アフリカ軍に流通した銃架付き機関銃をさす

テクスト

*ダン語・フランス語転写テクストについては こちら をご覧ください。

1. 平定作戦期
101. 初期の白人観I
104. 平定軍の侵入II
107. 銃の徴収III
110. 接合統治の模索
113. カントン長の任命III
102. 初期の白人観II
105. 銃の徴収I
108. リベリア逃亡I
111. カントン長の任命I
114. 小村の破壊
103. 平定軍の侵入I
106. 銃の徴収II
109. リベリア逃亡II
112. カントン長の任命II

2. 両大戦間期
201. カントン長と司令官I
204. カントン長の権力II
207. 強制労働の回避
210. 村落権力の変遷II
213. 行政機構の再編
216. 秘書職の出現II
202. カントン長と司令官II
205. 犠牲となる女性I
208. 技芸の消滅
211. 村落権力の変遷III
214. 首長家の形成
203. カントン長の権力I
206. 犠牲となる女性II
209. 村落権力の変遷I
212. 村落権力の変遷IV
215. 秘書職の出現I

3. 脱植民地期
301. ヴィシー政権下の自殺I
304. 教育エリートの萌芽
307. 戦後の労働と徴兵II
310. カントン長選挙II
302. ヴィシー政権下の自殺II
305. RDAの進出
308. 首長罷免事件
303. ヴィシー政権下の自殺III
306. 戦後の労働と徴兵I
309. カントン長選挙I

【付録】
1. 略年表
3. 象牙海岸ダナネ地区長官一覧
2. ダナネ地区南部3カントンにおけるカントン長の系譜
4. 象牙海岸植民地総督一覧



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