クエプルー村の“怒りのことば”とは、“クモ da n”だ。それはゴ結社の“怒り”だ。むかしクエプルー村の祖先がこの土地にゴの荷物を運んできたとき、川の水があふれて、川越えができなくなってしまった。するとそのとき、クモが糸を吐きながら、祖先のところへと降りてきたのだ。
クモは言った。「わたしがあなた方の役にたったならば、あとでわたしに何かしてくれるだろうか」。長老の子どもたちは困ったすえに「もし力になってくれたならば、わたしたちはこれからけっして、あなたの名をじかに呼ばないでしょう」とクモに言った。
こうして祖先たちは、クモの糸をつたって、ゴのたいせつな荷物を川の向こう岸に渡すことができた。彼らはクモと“誓い”を食べたのだ。それで“クモ”ということばが、クエプルー村の“決まり”となった。クエプルー村のゴの者たちだ。彼らは今でも“クモ”と言う代わりに、かならず“ウム w m ”と言う。ウムというのは、クモの身内にあたる生き物のことだ。だがクモの身内といっても、それは村のなかで見かけるような生き物なのだから、クモとはちがう。クモの弟だ。兄についてはゆるされないことでも、弟についてはゆるされるものだからな。クエプルー村で“クモ”ということばを言ってはならないというのは、そうしたわけなのだ。
(G nzl Gludu gb /ゴ結社長の息子/1990.05.01/Yeleu村/未転写) |