『チベット民謡集( I )』

はじめに

文:星実千代

 

 本書はチベット民謡のうち、特にツィッギャー tshig rgyag(言葉の闘い、歌合戦)と呼ばれる歌謡の歌詞集である。

 1979年3月から翌年3月にかけて、筆者は財団法人東洋文庫外国人研究員テンバ・ギェンツェン bstan pa rgayl mtshan師から、同師の出身地のラサ近郊キナー skyid nags 村で行われていたツィッギャーの習俗について話を聞く機会を得て、そこで歌われていた歌を記録収集した。また同じ時期に来日していたラサ出身のケサン・ナムギェー skal bzang rnam rgyal 氏からも、ラサ及びその周辺で歌われていたツィッギャーの歌詞を収集することができた。

 テンバ師からはその期間の後も歌の収集に引き続き協力して頂いた。また筆者がインド、ネパール、チベットに旅行した際に、ラサ及びその近郊の出身者から集めた歌を含めると、その数はおよそ二千数百篇に達した。また、1986年3月から1989年3月まで東洋文庫外国人研究員として来日していたラサ出身のソナム・チュンペー bsod nams chos xphel 氏も、自ら記憶していた歌およそ1,500篇をチベット字で記録して下さった。最近チベットやインドのダラムサーラで出版された歌謡集に収められたものを含めるとツィッギャーの数は数千編に及ぶと思われる。本書には、テンバ師とケサン氏から聞き取ったものを中心に、チベットやインドで出版された歌謡集も若干参考にし、1,056篇を選び収めた。

 ツィッギャーの歌詞は、後述するように類型的なものが多いので、歌の選定にあたっては、まず歌を内容ごとに分類した。そして実際の歌合戦での歌の掛け合いの状況が思い浮かぶように、「自慢--反発--再反発--憧れ--冷やかし--誘い--断り--反発--別れ--嘆き--忠告--喧嘩」という一つの掛け合いの流れを想定し、それに沿う内容の歌を選び配列した。(<歌合戦の流れ>参照)なお、訳文をつけたが、原文の響きや端切れの良さまで訳出することは難しく、意味が分かる程度の訳にとどめた。また歌詞に出てくる動植物名については、日本名が分からない場合には、チベット名をカタカナ書きで添えた。

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