敦煌文献研究調査報告

2002.10.18

京都大学文学部研修員　岩尾　一史

１．調査の方針と成果
２．日本での準備
　　２．１．ペリオ文書
　　２．２．スタイン文書

１．調査の方針と成果

方針：一定の内容をもつ文書群１）法律文書、２）吐蕃期公文書をまとめて調査する。

法律文書P.t.1071, P.t.1072, P.t.1074, P.t.1075, Ch. 88 VI
吐蕃期公文書＊　P.t.1083, P.t.1085, P.t.1217, vol.73 fol.37

＊様々なレベルの文書があるが、今回は特に公印の押された、または押されていたと考えられる下達文書（手紙文書タイプⅠ）を中心に選んだ。以下、実見の際気のついたことを報告しておこう。P.t.1071, 1072, 1074, 1075 (Paris), Ch.88.vi(London)…法律文書法律文書については管見の限り上に挙げたものが全てであり、今回一通り調査することができた。写真では文字のかすれたように見える部分や、白黒写真ではほとんど消えてしまう朱書きの文字が、実物をみることで明確に確認できた。また、写真からでは絶対に解らない紙質なども確認できたのは大きな収穫であった。法律文書は全て良質の黄色い紙に記されている。調査の途中、参考のため『編年記』を実見したが、それも同じような紙質であったことにふと気づいた。両者はまた文字の形状も共通して楷書体である。『編年記』や『王統紀』は吐蕃国家内の各機関に写しが置かれていたと考えられているが、法律文書も同様に各機関に保存されていた可能性がある。法律文書群はいまだ包括的研究が存在しない。これらデータをまとめて考察することが必要になろう。法律文書群はいまだ総合的研究が存在しないので、これから内容分析をする必要があろう。P.t.1083…典型的な手紙文書タイプⅠ。完存。薄手の紙。公印有、有翼ライオンが描かれる。実測するとこの印は他に比べてかなり小さいことがわかった（3.9×3.9cm）。P.t.1085…やはり典型的な手紙文書タイプⅠ。完存。茶色でかなり薄手の紙。公印有。写真では判然としなかったが、実見すると絵柄は鳥が羽を広げて立ち、上左に太陽、上右に月が描かれているようだ。印の大きさは5.3 ×5.3cm。P.t.1217…手紙文書タイプI。完存。ベージュ、やや厚めの紙。これも公印があり、翼を広げた鳥が右向きに立つが、実物を仔細にみるとP.t.1085の鳥よりも首が長く違う図柄であることが分かる。両肩上左に太陽、右に三日月を配する。印の大きさ 5.2×5.2cm。Vol.73 fol.37…同様に手紙文書タイプI。右端欠損のため、印があったのか確認できない。裏側に漢字で「勅印世々相[蔵？]」とある。文書を保存する際に記されたものか。

パリでは時間の都合でP.t.1089, P.t.1111等重要文書を見ることが出来なかったし、ロンドンでは修復作業により見ることができなかった文書がある。その他の文書群も含め、引き続き検討・調査が必要である。なお、データについては大原、岩尾両人にて各自整理中である。

２．日本での準備

何の準備も無しに突然実物の文書を見ても成果は期待できない。できれば十分な下調べの上で、実見にあたりたい。以下、準備の段階で気が付いたことを述べる。情報はやや関西、それも近畿限定気味だが、ご寛恕。

２．１．ペリオ文書

目録

M. Lalou,Inventaire des Manuscrits tibetains de Touen-houang conserves a la Bibliotheque Nationale,I-III（ Paris 1939）　信頼できるカタログ。内容紹介・首尾の数行が採録してある。また人名、固有名詞などIndexを付す。残念ながら P.t.2216までしか採録されていない。王堯主編『法蔵敦煌蔵文文献解題目録』（民族出版社　１９９９）　P.t .4450まで収録されている。各文書につき中国語で簡単な紹介がある。また、首尾の数行も採録してあり、内容の推測に便利。ただし、録文・内容紹介が誤っている箇所も幾つかあるので注意。なお、各文書について関係論文も載せているので先行研究の検索に便利。ただし、全てをカバーしているわけではない。

写真とマイクロフィルム

Choix de documents tibetains concerves a la Bibliotheqe Nationale, I-IVペリオチベット語文書の内重要な文書を選集した写真集。非常に鮮明な白黒写真であり、至便性については今更言うまでもない。III, Ivはsyllable index。言うまでもないが、今次の調査もこのプロジェクトの一環。マイクロフィルム　フィルムは、東洋文庫にある（筆者未見）。その他筆者の確認する限りでは、龍谷大学大宮図書館にもある。今枝氏によると大谷大学図書館にもあるようだが、筆者未見である。なお、龍谷大学はチベットのみならず漢語、サンスクリット等々のフィルムも一式有している。各フィルムには無秩序に文書が収録してあるので、検索にはカタログ＊を参照する必要がある。＊梶信隆・小西利郎・中田篤郎共編『ペリオ文書索引- マイクロフィルム検索用言語別、番号順索引-』（西域出土仏典研究班　１９９８）

２．２．スタイン文書

文書番号

スタインチベット語文書は、出土地の違い・受け入れ先の違い等様々な要因により、一つの文書に異なる標識番号が重複してつけられたりしてややこしい。スタイン将来のチベット関係文物については武内氏の詳細な解説があり、まず参照すべきである。以下の説明も多くはこの解説に拠っている． Tsuguhito Takeuchi, Old Tibetan Manuscripts from East Turkestan in the Stein Collection of the British Library, Volume II(Unesco, Toyo Bunko,　The British Library 1998 ) Introduction最新の情報は上記で確認されたいが、１９９６年段階の現況報告については日本語で読める。武内紹人「スタイン蒐集トルキスタン出土古チベット語文書－概要とカタログ作成プロジェクト－」『内陸アジア言語の研究』XI　pp .121-137 武内氏によるとスタインチベット語文書は

敦煌出土文書
シルクロード南道出土紙文書
シルクロード南道出土木簡
カラホト、エチンゴル出土紙文書

の4つに分かれる。今回調査の対象としたのはAに含まれる文書である。統一をはかるため、現在大英図書館では新たにチベット語文書の文書番号を付けなおしている（IOL Tib J　番号）。この番号で申請できればそれに越したことはない。この番号を検索するには大英図書館のHP（http://idp.bl.uk）にアクセスすればよいらしい。ただし、いまだリストが完成に至っていないせいもあるのか（2003年に完成予定）、少なくとも筆者にとっては検索しづらい。他の検索方法を知っておく必要があると思う。スタイン将来敦煌チベット語文書は、

India Office Library
大英図書館のOriental Collections

の両方に入ったことは周知の通り。大半が前者に入り、長い巻物類以外は製本して保存された。Vol.**.fol.**とはその際の製本巻号とページ数である。なお巻物類は一括してVol.Bと命名された。前者収録分のカタログには次の２つがある。・Louis de la Valee Pussin, Catalogue of the Tibetan Manucsripts from Tun-huang in the India Office Library, (Oxford Univ. Press 1962)(以下VP)・東洋文庫編『スタイン蒐集チベット語文献解題目録』１－１２分冊（東洋文庫1977-88）（以下東洋文庫目録）どちらも優れた目録だが、ＶＰはIndia Office Library分の内一部しか収録されていない。東洋文庫目録はIndia Office Libraryに入った文書全てを収録しているが、基本的にマイクロフィルム検索用の目録である。 IOL Tib J番号はVP番号と共通である（つまりVP1=IOL Tib J 1 ）。だからVPに収録されている文書は簡単に申請できるわけである。しかし、VP収録分以外の文書を見たいときはこの方式は使えない。東洋文庫目録は基本的には同文庫所蔵のマイクロフィルムの目録である。文書の概要と、冒頭・結部数行を記しているので内容の検索に便利である（ただし録文はあまり信用できない）。１～８分冊まではVP収録分文書であり文書番号もVPと共通しているが、９～１１分冊目はVP未収録分で、東洋文庫側が新たに1001から番号を付けている（以下、新VP番号）。なお１２分冊目は補遺と索引である。　問題は、この新VP番号は現在大英図書館側で採用されていない事だ。そもそも東洋文庫目録自体が大英図書館閲覧室内には置かれていないのである。つまり９～１１分冊にて見たい文書がみつかれば、新VP番号を他の番号に変換する必要がある。　昭和６２年度『東洋文庫チベット特別調査研究年次報告』は、新ＶＰ番号をも含むVP番号をVol.**fol.**に変換するリストである。ただしこの冊子は手に入りにくい。そこで代替方法して、東洋文庫目録の各項の1)マイクロ番号、一番前の数字と後ろの( ) 部分を取れば、それがちょうどvol. fol.に当たるので、それを確認すればよい。例えば138-56-64ab(082～083)ならば、vol.56 fol.64 。なお、逆にvol.**fol.**→VP番号に変換することは東洋文庫目録の１２分冊目のリストを使えば可能。　今回の調査でも、IOL Tib J番号が分からなかった文書はvol.** fol.**で申請した。というのは、修復の段階で各volは製本を解かれ、その箱はIOL Tib J vol.**（vol番号は元と一致）と名付けられており、文書一枚を申請しても結局箱毎出てくるわけだから、当面はvol.**fol.**の前にIOL Tib Ｊを付けるだけでも通用するようだ。　ただし、vol.Bに含まれる文書は製本されず、各文書が元の状態（巻物など）のまま保存されている。これらはIOL Tib J 番号か、不明の場合はスタイン自身がつけた番号Ch.**等で請求する必要がある。

マイクロフィルム

我々が敦煌出土チベット語文書をみるための準備方法として最も簡単なのは、マイクロフィルムかその焼き付けを一通り眺めることだろう。マイクロフィルムは東洋文庫に所蔵されている。文庫にいけばみられるのはもちろんだが、東洋文庫のマイクロフィルムからの焼き付けは、管見の限り京都大学人文科学研究所、国立民族博物館図書館にもあり、どちらもvol毎に整理し直されているので閲覧しやすい。ただ、これらの焼き付けは鮮明とはいえない。武内氏・大原氏によると近畿大学にも東洋文庫からの焼き付けがあり、これもvol毎に整理されているとのこと。また、フィルムは大谷大学図書館にもある。新たに撮り直したものなので鮮明であるが、現在筆者の確認している限り、VP収録分までしか無い。