線路は続くよタンザニア編
タンザニア鉄道の旅 その2
列車の中で
夕闇の中を列車は辺りの木々の姿を浮かび上がらせながら走り続ける。私はまだデッキにいて、外の涼しい空気を楽しみながら、過ぎていく闇をながめている。列車の中では人が絶えず通路を行き来していてにぎやかだ。食堂車ではビール
を飲んだり夕食を食べたりする人々が陽気に時を過ごしている。
しばらくすると列車は小さな駅に止まった。駅に着くと乗車口のところが急に騒がしくなった。列車を待っていた人々が慌ただしく荷物を積み込み始めた。デッキ一杯に積み込まれたのは水の入ったポリタンクだった。ふたのないタンクには布で栓がしてある。私や他の乗客は通路の方へ移動しなければならなくなった。ポリタンクを積み込んだ痩せこけた男の人が「次の駅で降りますから」と恐縮している。聞けば次の駅の村では水がなくて困っているのだという。
タンザニアでは3月には雨季に入っているはずだが、今年は雨が遅れている。どこのまちへ行っても「雨が降らなくて大変なんだ。」「畑が耕せない、食べていけない。」という嘆きが聞かれる。ビクトリア湖周辺の町や村では特に水不足が深刻で、私が行った頃には既に穀物の値段が2倍近くに高騰していた。
小一時間して次の駅に着いた。どの駅でも停車時間が短い。駅では村の人々が待ち受けていて大急ぎでタンクを降ろした。降ろし終えると先ほどの痩せた男は水浸しになった床を汚い雑巾でささっと拭き、手伝うすべもなく見守っていた私達に、
"Safari njema!(よい旅を)"
と言って降りていった。
午後9時、列車の中を行き来する人も絶え始めた。私もデッキからコンパートメントへ戻る。一等のコンパートメントは2人部屋だ。同室者はタンザニア人女性でベロニカといい、1歳半になる娘のウルスラを連れている。ダルエスにいる両親を訪ね、これからタボラへ帰るのだと言う。狭いコンパートメント内は彼女が積み込んだ大きな段ボール箱やトランク、食べ物や飲み物が入ったバスケットなどですでに占拠されていた。
段ボール箱の中にはココナッツの実が入っているという。料理に使うとすごくおいしいのよと説明してくれる。私は自分の荷物の置き場所を探しながら自己紹介をする。ムワンザへ行くこと、言語調査に行くこと、大学でスワヒリ語を勉強したことなどを話す。彼女は中学校で英語とスワヒリ語を教えているという。娘にはこれからちゃんと英語を勉強させるの、と早くも英才教育に意欲を燃やしていた。スワヒリ語で日常生活を送るのに何不自由ないタンザニアだが、よりよい職を求めるなら英語が必要だという事情は他のアフリカ諸国と変わらない。
ウルスラに合わせて9時半就寝。2段ベッドの上は天井が低く着替えるのに窮屈だが、横になるといやに落ち着く空間だ。ベロニカはドアに鍵をかけ、泥棒が入るといけないからと言って窓まで閉めて明かりを消した。天井についている小さな扇風機が音を立てて回り続けていた。
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