海外学術調査総括班フォーラム

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    特別 「未生(みしょう)のネットワーク- 超域的視座にむけて」

    講演 若林 大我(東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程/日本学術振興会 特別研究員)

    「総括班派遣によるペルー短期複合的調査の試み」

    1. はじめに : 調査の経緯とあらまし

     報告者は2008年12月から翌年1月にかけて、海外学術調査総括班(以下「総括班」)派遣研究者として、南米・ペルー共和国において短期の調査を行った。本報告の目的は、この調査による成果の一端を述べるとともに、未だ先例の少ないこうした学際的調査の意義を考察することにある。
     中央大学理工学部の西田治文先生ならびに報告者は、昨年(2008年)初夏に、総括班専門委員である東京大学大学院総合文化研究科の伊藤元己先生及び木村秀雄先生により、今回の調査担当者として紹介を受けた。昨年度の総括班派遣調査のビジョンとして、あえて専門分野の違う複数の研究者がフィールドで協働した際にどのような研究成果が生み出されるかを実験的に試みる、という方針があったため、チリ・パタゴニアの植物化石資料による古植生の変遷研究を専門とされる西田先生と、中央アンデス南部高地農村部の牧畜活動の人類学的研究を専門とする報告者が、地理的には近いフィールドを持ちつつ超域性も備えた組み合わせとして選ばれた。
     派遣研究者の決定後、何度か西田先生との話し合いを重ねた後、昨年11月には東京外国語大学において、フィールドサイエンス研究企画センターが主催する「フィールドネット研究会」の第1回が開催され、その場を借りて西田先生と報告者双方の関心を話しつつ、大まかな調査のテーマを決めた *1。後に詳しく述べるとおり、それは「ヒトの環境利用の一環としての耕地ローテーションによる食糧生産」というものであった。
     こうした計画段階を経て昨年12月下旬に調査地へ渡航後、12月28日から1月1日まで調査地に住み込んで共同調査を行った。西田先生が別の調査地へ向かわれた後、報告者は都市部での資料収集やインタビュー、また調査地へ戻っての追加調査を行った。
     今年1月末に帰国後、3月には北海道大学において「フィールドネット研究会」第2回が行われ、今回の調査の概要を報告した *2


    2. 調査地の概要

     今回の派遣調査では、土地勘があり顔見知りも多く、短期であっても比較的調査に入りやすいことから、報告者のフィールドであるペルー共和国南部高地の、先住民共同体パンパリャクタ・アルタ(Comunidad Campesina Pampallacta Alta)が調査地として選ばれた *3
     先住民共同体パンパリャクタ・アルタは、クスコ県(Departamento de Cusco)中部の、世界遺産マチュ・ピチュにも程近いカルカ郡(Provincia de Calca)カルカ行政区(Distorito de Calca)高地部に位置する。総人口は約800人、領域面積は約103.3km2と、先住民共同体としてはかなり大きいものである。
     領域内の標高は3400mから4800mにまたがり、12月から3月頃までの雨季と4月から11月頃までの乾季に明確に分かれる。雨季は比較的温暖であるが、領域全体が標高3000m以上の高地なので、1年を通じ総じて寒冷である。リャマ、アルパカ、ヒツジを中心とする牧畜と、ジャガイモを中心とする天水農耕が主な生業で、典型的な農牧複合社会と言える。比較的温暖な領域内の低地部では、若干の野菜やソラマメ、トウモロコシなども栽培されている。これに加え、マチュ・ピチュ及び同じく世界的観光都市であるクスコ市への近さから、マチュ・ピチュへ続くインカ道トレッキングでの荷担ぎ人夫として出稼ぎをする若者もみられる。こうした若者を除き、基本言語は先住民語であるケチュア語で、特に女性ではケチュア語モノリンガルが多い。
     「先住民共同体」はペルーにおける行政単位の一つで、土地の共有(及び共同体外部への売却禁止)と自治組織の存在をその制度的特徴とする。外部からの土地収奪を防ぎ、現在もペルーの全人口の40%近くを占めると言われるケチュア系先住民人口の権利を保護する目的で、1920年代以降に整備された制度である。各共同体は独自の自治委員会(Junta Directiva)を持ち、同委員会を核として毎月開かれる村民集会(asamblea)が、共同体の最高意思決定機関となっている。自治委員会の構成役員(委員長、副委員長、書記、会計、監査等)は2年ごとに直接選挙によって選ばれるが、こうした世俗的・公的な役職の他に、アルカルデ(alcalde)と呼ばれる儀礼的・宗教的指導者も存在する。アルカルデは毎年共同体内の推挙によって最低2名が選出され、カーニバルや守護聖人の祭りなど、共同体全体が関わる祭礼のコーディネーターやスポンサーとなる。
     報告者はこの先住民共同体パンパリャクタ・アルタにおいて、現在まで2期のフィールドワークを行ってきた。2006年11月から2007年5月までの第1期調査では、共同体内の家畜飼育及び利用の実態を把握するため、全世帯を対象とする網羅的な牧畜センサス(世帯構成、家畜飼育状況、牧草地利用状況等について)を実施した他、ハンディGPSを用いた各世帯住居の3次元位置情報記録、サンプル抽出した世帯へのインタビュー、日常的な牧畜活動や牧畜に関する儀礼の観察等を行った。2008年7月から10月までの第2期調査では、第1期調査で得られた数量的データを補完するため、共同体の成り立ちに関するオーラル・ヒストリーや説話、神話を収集・記録した。


    3. 居住形態と家畜飼育の特徴

     パンパリャクタ・アルタにおける居住形態の特徴のひとつは、各世帯が複数の住居を持ち、その間を季節的に移動しつつ家畜飼育を行っていることである。
     例えば、共同体内で2番目に大きなアルパカの群れを持つある世帯は、共同体の北側領域に乾季用住居を持ち、毎年12月上旬頃までその周辺で放牧を行うが、頻繁に雨が降るようになると南側領域の雨季用住居へ、家畜群とともに移動する。これは、北側領域には年間を通じて水の枯れない湿地帯が散在し、水分を多く含んだ柔らかい草を好むアルパカの放牧に困らないのに対し、南側領域にはそうした湿地帯が少なく、乾季になると牧草が確保できなくなる、という理由によるものである。また北側領域は急峻な斜面が連続して入り組んだ地形をなし、日照時間が短いために雨季になると地面がぬかるむ場所が多くなる。このため、雨季の盛りである1月に出産期を迎えるラクダ科動物家畜の場合、家畜囲い内の土壌にウィルスが繁殖して、新生仔が細菌性の下痢によって死亡してしまうケースが頻発する。この点比較的開けた地形の南側領域では、水はけも良く家畜囲い内のぬかるみも抑えられるため、新生仔死亡のリスクが低いのである。
      一方、比較的なだらかな地形の南側領域にはジャガイモ耕地が多いのに対し、急な斜面地形が大半を占める北側領域では、可耕地が谷川沿いのごく一部の土地に限られる。このことは、後述する通り、ジャガイモの休耕地で放牧される代表的な家畜であるヒツジの飼育頭数にも反映している。各世帯の居住地がより分散している乾季ベースで見た場合、南側領域に住居を持つ世帯群では、ヒツジの総飼育頭数が他の家畜種(リャマ、アルパカ、ウマ、ロバ/ラバ、ウシ)のいずれと比較しても倍以上となっている。これに対して北側領域では、ヒツジの総飼育頭数1436に続き、リャマが1407頭、アルパカが868頭で、複数の家畜種がより拮抗している状況が見られる。


    4. 耕地ローテーションと地力の回復

     ジャガイモの耕地ローテーションの慣習に関しては、先行研究やこれまで行ってきたフィールドワークの過程で知ってはいたものの、報告者の研究テーマが特に牧畜活動に関するものだったため、それと関連する範囲でのごく表面的な点しかデータが無かった。今回の共同調査では「ヒトの環境利用の一環としての耕地ローテーションによる食糧生産」が共通の関心となったのを期に、この慣習についてのやや具体的なデータの収集に努めた。
     ジャガイモはひとつの畑での連作が出来ない作物であり、1年間ジャガイモを栽培した畑は、その後必ず数年の休耕期間を置く必要がある。長期間の休耕により次の植え付け準備ができた畑が、ようやく再び耕作の対象となる。このジャガイモ畑の耕地ローテーションの手法は、アイノカス(aynoq’as)やライミ(laymi)などと呼ばれ、パンパリャクタ・アルタの周辺地域ではムユイ(muyuy)という名称で知られている。中央アンデス高地部では非常に広く行われる慣習で、休耕期間の長さや栽培される作物などの点で、バリエーションは多岐にわたる。
     今回の短期調査は期間全体が雨季にあたっており、急斜面の岩場等が滑りやすく危険であったため、共同体全域の踏査はせず、調査範囲を南側領域のみに限った。南側領域の一部地域では、各々名前を持った5つの耕地ゾーンが設定されており、それぞれのゾーン内に各世帯が、使用権のある畑を持っている。1年間ジャガイモを耕作した後、1年間リサス(lizas)というツユムラサキ科の食用塊根類を育て、その後3年間の休耕期間に入って、再びジャガイモが植え付けられる、というサイクルをとっている。南側領域ではこの他に、リサスを栽培した後5年の休耕期間を置く別のサイクル=耕地群も確認できた他、北側領域の高標高地域ではリサスが栽培できないため、ジャガイモを栽培した後すぐに5年間の休耕期間に入る、というサイクルもとられていた。
     耕作中の畑へは、家畜が侵入して作物を荒らさないよう厳しく監視されているが、休耕期間にある耕地は恒常的に放牧地として利用される。休耕地で放牧される家畜は主にヒツジである。休耕地放牧の意義については、地元の人々によってしばしば、ヒツジが休耕地で採食し糞をすることで地力が回復するのだ、と説明される。このことは共同体内でかなり重要視されており、前節で述べた家畜を多く所有する世帯の場合も、雨季に入って南側領域に移動する際に畜群の一部を乾季居住地に残し、これを世帯成員の一人に託して継続的に休耕地で放牧させている。
     今回の共同調査中、様々な場所にある休耕地を現在の休耕期間と照らし合わせて観察することで、この休耕地放牧の慣習が地力の回復に対してどの程度役立つのかを評価しようと試みた。結果、休耕2年目に入ると丈の低い草が全体を覆って潅木も見られるようになり、かなりの程度自然植生の回復が見られることが分かったが、西田先生によればこの地域では貧栄養環境に適応した高山性植生が極相であり、この回復のスピードが特に速いものだとは言えない、とのことであった。
     休耕期間を経て再びジャガイモが植え付けられる際には、種イモと一緒に必ずヒツジの糞が施肥される。更に、芽を出したジャガイモを土で覆う畝立て作業の際にも、ヒツジの糞が撒かれる。可耕地面積が比較的多い南側領域では、ヒツジの飼育頭数が多いことを上に述べたが、このように休耕地放牧や耕作中の畑への施肥の点で、ヒツジはジャガイモ栽培と深く結び付いた家畜であると言える。
     今回の調査で確認されたもうひとつの興味深い点は、非栽培種のイモの繁殖についてである。共同体内の踏査中、4200m以上の地点にある住居や放牧用仮住居に付随した家畜囲い内部の糞溜り周辺に、ジャガイモが自生しているのが何例か確認された。同じく踏査中に、家畜囲い以外でも1箇所でイモの自生を確認したが、糞溜り脇に生育しているものは数も多く、塊茎部がより肥大していた。このイモが野生種なのか、家畜に採食されたジャガイモが糞溜りで繁殖し再野生化したものなのかは確かめられなかったが、西田先生によればこれはイモ類が、本来は富栄養環境を好むものであることを示している可能性もあるとのことだった *4


    5. 考察: 耕地ローテーションの役割

     耕地ローテーションがジャガイモの栽培にとってどんな意味を持っているかについては、国立民族学博物館の山本紀夫先生が、同じクスコ県内のキスピカンチ郡(Provincia de Quispicanchi)で行った調査がある*5
     山本先生は様々な論文の中で、ジャガイモ耕地の土壌養分量(pH、有効態窒素、有効態リン、有効態カリ)は休耕期間中ほとんど変化しないこと、ジャガイモの植え付けに際してはやはり必ず施肥が行われること、また長期間の休耕により土壌中の害虫、特にセンチュウの棲息密度が減少すると報告されていること、を根拠に挙げ、耕地ローテーションの慣習は地力の回復のためと言うよりも、むしろ病虫害の回避に対して持つ意味が大きい、と考察されている。つまり耕地ローテーションは、連作によって収量が減少してしまうのを防ぐためではなく、病虫害というリスクを最小化するのに役立っている、という。
     一方今回の我々の調査では、休耕地における放牧という慣習が、恐らく永年にわたって続けられてきたことが確認できた。西田先生により、この慣習がこれまで100年単位で守られてきたとすれば、休耕地を含めた耕地全体の栄養条件が、既にそれ以外の自然土壌とは異なっている可能性が示唆された。
     これに対して現在のパンパリャクタ・アルタのごく一部には、耕地ローテーションを無視してジャガイモを生産している世帯も存在する。背景として、両親がまだ存命の若い世代の世帯の場合、充分な広さの耕地の使用権が未だ相続されていないために、ひとつの畑で連作せざるを得ない、という事情がある。数値的なデータは無いため大雑把な印象で言うと、こうした世帯ではイモグサレセンチュウ(Dithlenchus destructor)の被害を受けたと思われるイモが比較的多い。イモグサレセンチュウに侵されたイモの表面には小さな孔ができ、その内部にはバクテリアの屍骸である白い顆粒状の物質が詰まったスができる。通常こうしたイモは廃棄されるのではなく、患部を切り取った上で調理し、食される。
     この事実を、ジャガイモの非栽培種が、家畜囲い内の糞溜りという富栄養環境下にほぼ排他的に見られたことと考え合わせると、そもそもジャガイモという作物は、本来は連作、及びそれに伴う連続的な施肥によっても安定して栽培できるものなのに、あえて病虫害を回避することが重視されているために、耕地ローテーションが続けられていることを示している、と言えるかも知れない。
     「リスク最小化戦略」という言葉は、農耕をはじめとするアンデス高地の伝統的生業形態について、その厳しい環境下での生存戦略を示す言葉として、よく用いられる。これに関して言えば、今回の調査結果は、アンデス高地において、利益・リターンの最大化ではなく、あくまでリスクの最小化が志向されていることの、より積極的な裏付けとなる可能性がある。


    6. おわりに

     以上は仮定に仮定を重ねた結論であり、今後様々な調査によって補われる必要があることは言うまでもない。
     例えば、耕地と非耕地とで土壌の栄養状態に差があるかどうかを、長いスパンでの耕地形成史という観点から検証する必要がある。また、非栽培種(野生種あるいは再野生化種)ではなく栽培種のジャガイモが、本当に富栄養環境下で多いのかどうかを、病虫害も発生しないような極端な富栄養環境下では連作可能かどうかを実証することで確かめることも、必要である。更に、「同じ場所を生息圏としつつリスクと戦い続ける」より、あえて「同じ場所で生育できなくなる」ことが、種の維持戦略として有効となることがあるか、というのも、理論生態学の立場からは興味深い問いとなろう。
     今回はごく短期間の調査であり、大きな成果を挙げることは難しかった。しかしながら、以上のような更なる研究の展望は、いずれも西田先生と報告者による学際的な立場での話し合いから生まれたものであり、こうした調査の必要性を浮き彫りにできたことこそが、この予定調和的ではない超域的調査の最大の意義だったと言えるだろう。


    *1 2008年11月14日、於東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所。西田発表タイトル「植物学者が見るアンデスの人と植物」、若林発表タイトル「ペルー・クスコ県高地部先住民共同体における家畜飼育及び利用に関する人類学的調査と学際的調査からの発展可能性」。

    *2 2009年3月7日、於北海道大学低温科学研究所。西田発表タイトル「ペルー短期共同調査を終えて: 植物からの視点」、若林発表タイトル「ペルー・クスコ県先住民共同体における生業活動に関する共同調査報告」。

    *3 同共同体をフィールドとした先行研究として、[Robin 2005]や[木村 2006]がある。

    *4 ジャガイモと畜糞による施肥については[Winterhalder et. al. 1974]、糞溜りにおけるジャガイモ野生種の繁殖については[大山 2007]を参照。

    *5 [山本 2004]、[山本 2007]ほか。


    【参考文献】

    木村 秀雄
     2006 「クスコ県カルカ郡のアシエンダと先住民共同体」、『アンデス高地における先住民社会と国家の接合と分節の人類学的研究』(平成12年~平成15年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(1)学術調査)研究成果報告書(研究代表者: 木村秀雄))

    大山 修一
     2007 「ジャガイモと糞との不思議な関係」、『アンデス高地』、山本紀夫(編)、pp. 135-154、京都: 京都大学出版会

    ROBIN, V.
     2005 “Caminos a la otra vida: Ritos funerarios en los Andes peruanos meridionales”. In Etnografías de Cuzco. Antoinette Molinié (ed.), pp. 47-68. Cusco: Centro de Estudios Regionales Andinos Bartolomé de Las Casas.

    WINTERHALDER, B., LARSEN, R., and BROOKE THOMAS, R.
     1974 “Dung as essential resource in a highland Peruvian community”. In Human Ecology 2(2): 89-104.

    山本 紀夫
     2004 『ジャガイモとインカ帝国: 文明を生んだ植物』、東京: 東京大学出版会
     2007 「中央アンデス根栽農耕文化論」、『アンデス高地』、山本紀夫(編)、pp. 207-228、京都: 京都大学出版会

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