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ブルキナファソ・マリ・セネガルにおける学術研究体制の動向 —ワガドゥグ大学・マリ大学の学術研究機構、 セネガル国立公文書館収蔵資料、 およびコートディヴォワール共和国の政治情勢について |
[報告者]真島一郎 (東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所) |
| 目次 0.はじめに 1.ブルキナファソ 2.マリ共和国 3.セネガル共和国 4.コートディヴォワール共和国 【注記】【文献】 |
0.はじめに2001年2月4日より同年2月21日にかけ、筆者は仏語圏西アフリカの3カ国、ブルキナファソ(2月4日〜9日)、マリ共和国(2月9日〜15日)、セネガル共和国(15日〜21日)を訪れ、科研総括班業務の一環である海外学術調査体制調査を試みた。 西アフリカ地域の学術調査事情については、これまでにも本研究所・国際学術研究総括班事務局発行の『海外学術調査ニュースレター』誌上に数編の報告文がみられる(田中・重田 1989 ; 鈴木 1991 ; 真島 1993 ; 小川 2000)。小文では、これら過去の情報蓄積への補足として、これまで情報の乏しかった国立ワガドゥグ大学(在ブルキナファソ)および国立マリ大学(在マリ共和国)に関する最新の学術研究機構を紹介するほか、セネガル国立公文書館の収蔵資料、およびコートディヴォワール共和国の最近の政治情勢について、若干の情報を提供する(注)。 1.ブルキナファソブルキナファソの治安情勢は比較的安定しており、2001年6月末現在、邦人の渡航制限は発出されていない。入国査証は東京のブルキナファソ大使館で取得可能であり、入国審査時にはイエローカード(黄熱病予防接種証明書)の提示が求められる。なお、同国に日本大使館は開設されておらず、在コートディヴォワール共和国日本大使館(TEL : 225-20212863 / -20213043 / -20221790)がブルキナファソの大使館業務を兼轄している。 ブルキナファソの首都ワガドゥグにある国立ワガドゥグ大学l'Universite de Ouagadougouは、1965年創設の教育養成高等研究所 Institut Superieur de Formation Pedagogiqueを前身とし、74年に総合大学への改組をはたした歴史をもつ。その後、91年の組織再編では5学部制を採用したが、99年にANEB(ワガドゥグ全国学生連合l'Association Nationale des Etudiants de Ouagadougou)が大学改革をめざし激しい抗議運動をキャンパスで展開した結果、去る2000年10月に同国政府の手による抜本的な組織改編が実現した。1968年パリの5月革命にならって旧来の学部は解体され、現在はフランス式のUER(教育研究単位 Unite d'Enseignement et de Recherche)に相当するUFR(教育研究単位 Unite de Formation et de Recherche)体制が布かれている。 表1で示したように、同大学の学術研究機構は具体的に7UFR+1Institut体制をとり、総数約1万1千名の学生が在籍する総合大学である。同大学との学術協力の可能性をさぐるうえでの参考資料として、各研究単位の長(旧来の学部長ポストに相当)に在任中の教授名を以下にあげる。
学内行政機構としては、学長(正式職名は“大学区事務総長Chancelier”)1名のもと、個別の担当業務をになう3名の副学長がおり、その下位にこれら7UFRが配置される形式をとる。とりわけ副学長のひとりは「国際学術協力」担当であり、国際学術協力の事務作業にあたるDCU(大学協力局 Direction de la Cooperation Universitaire)の責任者である点を記しておく。 ただし、ワガドゥグ大学現学長のアルフレッド・トラオレAlfred Traore教授(生化学専攻)からお話を伺ったところによれば、同国の高等学術研究は、中高等教育科学研究省Ministere des Enseignenments Secondaire, Superieur et de la Recherche Scientifiqueの管轄下、ワガドゥグ大学とCNRST(国立科学技術研究院Centre National de la Recherche Scientifique et Technologique)の二部門態勢で推進されており、国外の研究者・研究機関によるブルキナファソ国内での調査許可もしくは同国学術研究諸機関との研究協力の申請は、まずもってワガドゥグ大学学長宛とするか、CNRST所長(正式職名は“Delegue general”で現職はミシェル・サワドゴMichel Sawadogo氏)宛とするか、いずれかの方策をとるようにとのことであった。 CNRSTとは、国立農学院、国立応用技術研究所、国立保健科学研究所、国立社会科学研究所の4研究機関を行政上統轄する、同国の複合専門研究機構である。CNRST各研究機関に所属する研究者は、ワガドゥグ大学で若干の出講業務に従事する以外、原則的には研究業務に専念している。参考までにそのうちのひとつ、国立社会科学研究所Institut des Sciences des Societes の陣容を紹介するなら、同研究所スタッフは20名(現所長のバジル・ギスーBasile L. Guissou氏は、サンカラ内閣の元外相である)、その専攻分野も言語学、歴史学、人類学、社会学、人文地理学から、政治学、音楽学にまで多岐におよんでいる。 ワガドゥグ大学、CNRSTそれぞれの事務局連絡先は下記の通りである。
2.マリ共和国マリ共和国の邦人渡航については、2001年6月末現在で同国北部地域(モプチ、ガオ、キダルおよびトンブクトゥ地方)にのみ「注意喚起(危険度1)」が発出されている。入国査証は東京のマリ名誉総領事館で取得可能であり、入国審査時にはイエローカード(黄熱病予防接種証明書)の提示が求められる。なお、同国に日本大使館は開設されておらず、在セネガル共和国日本大使館(TEL:221-8239141 / -8237479)がマリ国内の大使館業務業務を兼轄している。 マリ共和国の首都バマコにある国立マリ大学l'Universite du Maliは、共和国独立直後1962年に創設された高等教育諸機関が86年の大学創設令により統合のうえ発足した総合大学である。その後、政府機関等による数度の諮問調査を経たうえ、96年に実質的な開校をむかえた。かかる経緯のゆえに、同大学の各学部は現在もバマコ市内に独自の敷地を有しており、統一キャンパスは存在しない。 表2で示したように、同大学の学術研究機構は4学部制をとり、法制上はこれにくわえて3研究所、3学院が大学組織に包含されている。学内行政機構としては、学長Recteur1名、副学長Vice Recteur1名が学内行政を統轄する。学長は、各学部長・研究所長からなる大学部局長評議会Conseil de l'Universiteの議長も兼任している。学長事務局と学部組織の中間レベルに位置する複数の事務局のうちには、「対外関係・法務局Service des relations exterieures et des affaires juridiques」が設置されており、国際学術協力および大学間協定の締結業務を担当している。 対外関係・法務局の現局長であるディアロ・ララ・シイMadame Diallo Lalla Sy教授からお話を伺ったところによれば、日本の学術諸機関がマリ大学との学術研究協定を希望する場合、大学間協定であればマリ学長宛に、また研究所間・学部間協定のレベルであれば学長宛ではなく協定希望学部の学部長Doyen宛に直接書状を送付するようにとのことであった。参考までに、同大学の学長事務局、および四学部それぞれの現学部長名、所在地、連絡先を以下に紹介する(敬称略)。
なお、同国教育省Ministere de l'Educationの管轄下には、マリ大学のほか、ブルキナファソと同じくCNRSTが設置されている。ただしブルキナファソの場合とは異なり、マリ共和国のCNRSTは複数の独立研究所Instituts autonomesを上位から統轄する複合研究機構の管理機関とはいえない。第一に、独立研究所の管轄官庁はそれぞれ異なる。第二に、独立研究所の所長職はCNRST所長職と同列の大統領指名ポストである。これらの理由から、CNRSTの設置目的は独立研究所の統轄というより、各研究所間の連携業務にあるといえる。なお、マリ国内の主たる独立研究所としては下記の機関が存在する。
3.セネガル共和国セネガル共和国の邦人渡航については、2001年6月末現在で同国カザマンス地方に「観光旅行延期勧告(危険度2)」が、また同地方のギニアビサウ国境付近およびセディウ、ジガンショール両県内には「渡航延期勧告(危険度3)」が発出されている。入国査証は、3カ月以内の滞在については取得が免除され、3カ月以上の滞在については東京のセネガル大使館で取得が可能である。入国審査に際して、イエローカードの提示は特に求められない。また既述のとおり、同国の首都ダカール市内には日本大使館が開設されている。 セネガル国内における調査許可証の取得方法や国立シェイク・アンタ・ディオプ大学の学術研究機構については、すでに別稿でふれたことがある(真島 1993)。以下では、セネガル共和国のみならず現フランス語圏西アフリカ諸国の学術調査研究にきわめて重要な資料価値をもつと思われるセネガル国立公文書館の収蔵資料について、若干紹介することにしたい。同公文書館は、現フランス語圏西アフリカ8カ国、すなわち旧仏領西アフリカ連邦の連邦総督府が置かれていたダカール市内にあり、西アフリカ地域のフランス植民地史全般にかかわる18世紀後半以来の厖大な公式文書を収蔵する施設である。同館は、1913年に仏領西アフリカ植民地連邦の公文書部Service des Archivesとして発足した後、セネガル共和国独立後の77年に現在のセネガル公文書局Direction des Archives du Senegalとして、セネガル共和国内閣官房の直轄機関となった。同館の収蔵文書は「セネガルコレクション」および「仏領西アフリカコレクション」に二分され、総文書量は縦並びで合計12kmの長さに達するものと推計されている。 表3に掲げたものは、このうち「仏領西アフリカコレクション」の収蔵文書をめぐる分類区分の一覧である。全体はおおむねA、B、C…の順で22セクションに区分され、各セクション内部には、さらに通し番号を冒頭に付した下位分類が施されている。 この種の公文書館資料は、通常もっぱら政治史や経済史を主たる専門分野とする歴史学者にとっての第一次資料とみなされがちであるが、筆者自身の乏しい閲覧経験によるかぎり、そこには他分野の研究者にとってもいまだ未開拓の沃野が広がっているとの印象を覚えることたびたびであった。ほんの一例をあげるなら、たとえば同館の資料分類でいうセクション3Sの気象台文書や6Sの地誌局文書はいうにおよばず、セクションHの保健・医療関連文書は医学研究全般にとっての、セクション3Pの鉱山・地質関連文書は地質学にとっての、またセクションRの農務関連文書はそれぞれ1Rが農学、2Rが畜産学、3R、4Rが植物学・生物学にとっての重要な資料となりうる。さらに4Qの狩猟関連文書と西アフリカ地域の生態系破壊問題とのつながりや、7Qのニジェール川開発局関連文書といわゆるサヘル地方の乾燥化問題とのつながりなどを想定するならば、西アフリカ地域をめぐるごく今日的な問題群に向きあううえで、これら過去の文書群は自然科学系の諸研究にとっても第一級の歴史データとなる可能性がひめられている。同館の現館長名および連絡先は下記の通りである。開館日は平日のみで、水曜(10時〜17時)をのぞく各曜日の開館時間はいずれも9時〜17時である。
なお、同古文書館には下記の場所に別館も存在する。
4.コートディヴォワール共和国コートディヴォワール共和国では、1999年12月に同国政治史上初の軍事クーデタが挙行されて以来、隣国からの移入民排斥問題ともかかわる深刻な政情不安が継続している(佐藤2000a ; 佐藤 2000b ; 真島 2000 ; 真島 2001a)。そのため今回訪問したブルキナファソ、マリ、セネガルでは、学術調査体制にかかわる調査活動の一環として、首都およびその近郊の住民の方々から隣国コートディヴォワール情勢に関する予備的な聞き取り調査を試みた。表4では小文の付録として、1999年12月末のクーデタ発生時点から2001年1月にいたるコートディヴォワール共和国の政治情勢に関する年譜を付すこととした。 【注記】 1.今回の訪問国には、当初セネガル共和国に代えてコートディヴォワール共和国を予定 していたが、2001年1月7日深夜から翌8日未明にかけて同国アビジャン市内で 発生したクーデタ未遂事件により、本邦外務省から「渡航延期勧告(危険度 3)」が発出されたため、最終段階で渡航を断念した(2001年6月末現在、コートディヴォワールへの邦人渡航制限も一部地域をのぞき「観光旅行延期勧告(危険度2)」に軽減されている)。 【文献】
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Last updated: 10 Jul, 2001 Copyright(C)2001, MAJIMA Ichiro, All Rights Reserved. |
| 【総括班事務局から】各機関の電話番号・Fax番号については、調査時点のものなので、連絡をとる場合は現地へ確認後、お願いします。 |