加藤一郎 1962 『象形文字入門』 中公新書


 最初の章で、筆者はインディアンの絵文字による手紙を紹介しながら、文字とその前段階の絵文字との違いを述べる。
 次の章では、古代エジプトのヒエログリフが実際にどのように用いられたのかが、王名、暦等、幾つかのトピックに関して述べられる。文字の使用実態を真に理解するには、その書き表された言語の構造をも知る必要がある。この本はそこまで踏み込んでいないのが残念であるが、この種の本ではそこまで期待するのは無理であろう。又、この本の出版が現在のエジプト語文法研究に多大な影響を与えたポロツキー(Polotsky, H. J.) 1965 Egyptian tenses. (Jerusalem)の公刊前であることも考慮しなければならない。

 続く二つの章では、古代エジプト語による文学作品が紹介される。

 次にヒエログリフが表音文字であるアルファベットに発展していく過程が記述され
る。

 その後、様々な象形文字が簡単に紹介され、終章は日本語の表記に関する考察、提言である。但し、古代エジプト語と日本語に通じている筈の著者の提言が、ラ行の他にla, li, luを表す仮名の発明が望まれる、等、理解に苦しむものばかりであるのは、残念である。

 以上の内容紹介からも窺えるように、本書の題名は必ずしも適切なものとは思えない。寧ろ著者の力点は、象形文字の表音文字化、及びその素晴らしさにあるようである。確かに、文字にとって、或いは文字の研究にとって表音化は大切な現象の一つである。しかし、だからといって、表音文字が最も優れた文字であるという事には、無論ならないだろう。従って、著者の例えば「. . . アルファベットのみによる表記法の考案は、人類の第二の文字の発明と呼んでもよい。日本人はまだこの『恩恵』を直接うけていないけれども . . . (143頁。『』は評者による)」といった物言いは気に懸かる点である。又、14頁で文字の定義に関して、「文字であるかないかは、音としての言葉を『そのまま』にあらわしているかどうかということになる(『』は評者による)」とあるが、これも著者の表音重視の姿勢の現れであろう。文字論の観点からは、この定義が、例えば河野六郎のそれとは似ているようで相当異なったものであるのが、注目される。

 尚、付章としてヒエログリフの練習問題がついているが、これらの多くは名著Gardiner, Sir Alan Henderson 1957(第3版) Egyptian grammar. (London: OxfordUniversity Press)の第二、三課に見られるものである。


 モジモジレファランスの目次に戻る