テンボ語の親族名称           (Tembo Kinship Terms)               梶 茂樹 (Shigeki Kaji) 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 (注意:以下、声調は、高 {、低 }、下降 ^、上昇 < で、またセディーユは ,、トレ マは : で表わす) 1 はじめに  本稿は、アフリカ、コンゴ民主共和国の東部に話されるテンボ語(Tembo)の親族名称の 概要を述べることを目的とする。テンボ語は、いわゆるバンツー系の言語で、周辺の フンデ語(Hunde)、シ語(Shi)、ハヴ語(Havu)、ルワンダ=ルンディ語(Rwanda-Rundi)な どと系統的に近い関係にあり、親族名称もこれらの言語と多くの共通点を持っている。  とはいえ、この地域のバンツー系諸語の親族名称について書かれたものは、語彙集な どの付録としてついているものを別にすれば、ほとんどなく、本稿でこれを概説するこ とは、バンツー語研究一般にとっても意味があると思われる。  テンボ語の親族用語は、日本語やヨーロッパ諸語に見られるものとは大きく異なる。 例えば、「父」「母」などエゴ(=自分)に近い部分で、人称によって、用語が音韻的 に全く異なるものがある。また、テンボ語の親族用語は、人類学で分類的 (classificatory)タイプと呼ばれるものであり、例えば「父」「母」は、それぞれ日本 語で言う「オジ」「オバ」の一部も指すこともある。ただし、こういったことはテンボ 語にのみ見られることではなく、多くのバンツー系諸語に共通する特徴でもある。  従って、テンボ語の体系について述べることは、たんにテンボ語およびその周辺言語 のみにならず、広くバンツー諸語の体系に目を向けることにもなる。以下、比較のた め、適宜、フンデ語などの周辺言語や地域共通語であるスワヒリ語の形にも触れること にする。  本稿は、論文というよりは解説文として意図されているので、なるべくわかりやすく するため、日本語との対比で話しを進る。エゴに近い順に、「父」「母」から始める が、テンボ語、そして一般にバンツー的システムにとって、この「父」「母」が最もや やこしいのである。  話しを始める前に一つだけ前提として、名詞のクラスについて触れておく必要があ る。この問題が、親族名称の分析にも係ってくるのである。  テンボ語、そして一般にバンツー系の言語はクラス言語であり、名詞は、その形態・ 統語・意味的基準により幾つかのクラスに分かれている。テンボ語では、名詞のクラス は全部で20あり、例えば mu{lume{ 1「男sg.」、ba{lue{] 2「男pl.」というふう に、2つのクラスの名詞がペアになり、一方が名詞の単数形、そして他方がその複数形 を示す。名詞は、接頭辞+語幹という構造をしており、名詞のクラスは、形態論的には その接頭辞の部分で示される。ここでは mu- そして ba- が、それぞれ、その名詞が第 1クラス(単数)、第2クラス(複数)に属していることを示している。名詞のクラス 番号は、名詞のあとに書く。  なお、名詞のクラスにはしばしばサブクラスがあり、これは、1a、2a のように a を つけて表わす。サブクラスというのは、名詞に本来あるべき接頭辞が見られないからで ある。例えば上の例だと、第1クラスのサブクラスの名詞は、接頭辞に mu- をとらな い。それでも、それが第1クラスの名詞とわかるのは、例えば文法的一致が起こると、 あくまで第1クラスの名詞として働くからである。第1クラスの名詞は、人間部類名詞 であり、そして親族名称は、第1クラスのサブクラスのものが多いという特徴がある。 2「父」 (1) a. tata{ 1a, ba{tata{ 2a 「私の父」 b. e{ho{ 1a, be{ho{ 2a 「あなたの父」 c. e{shi 1a, be{shi 2a 〜e{she 1a, e{she 2a 「彼(女)の父」  名詞が2つ横に並んでいるが、これは上で名詞のクラスについて述べた時に触れたよ うに、左側が単数形、そして右がその複数形である(どうして「父」に複数形があるか は、すぐあとで述べる)。  ここの名詞はいずれも、単数形が tata{ 1a、e{ho{ 1a、e{shi〜e{she 1a のように 接頭辞がφ(ゼロ)で、第1クラスのサブクラスに属している。複数形も実は第2クラス のサブクラスなのであるが、この場合は接頭辞が ba{- なので、普通の第2クラスとの 違いは表面上見えない。複数形の構成は、ba{-tata{→ba{tata{、ba{-e{ho{→be{ho{、 ba{-e{shi→be{shi〜ba{-e{she→be{she のようである。  まず、この「父」で注意すべきは、「父」という一般的用語はなく、人称によって形 が変わるという点である(エゴの性による区別はない)。つまり、tat] と言えば「私 の父」であり、e{ho{ と言えば「あなたの父」である。  ここには、英語や日本語にあるような「私の」とか「あなたの」といった所有形容詞 は現れない。そういったものが語幹の中に組み込まれてしまっているのだ。この3つの 単語をいくら分析しても、そこに所有形容詞の部分を抽出することは不可能である。  ただし、よく見れば、e{ho{「あなたの父」と e{shi〜e{she「彼(女)の父」は、よ く似ている。どちらも e{ で始まり、次に無声の摩擦音が来ている。テンボ語では一般 に――というのは、現在ではその環境は非常に乱れているが――、h と sh [=^] は相 補分布にあるので(h は母音 u、o、a の前で、そして sh は i、e の前で現れる)、 違いは語末の母音のみである(「彼(女)の父」の e{shi〜e{she は、e{she の方が本 来の形であるが、テンボ語では語末の e は、i になる傾向があるので e{shi という人 が多い。  同様に o も語末で u になる傾向があるので、e{hu{ という発音も可能である。ただ し、これは e{shi より少ない)。これはバンツー祖語では i,ca{u, 「あなたの父」、 i,ca{i, 「彼(女)の父」の可能性が示唆されている。  さて、「父」に複数形があるということの意味だが、これは「父」が、たんに本来の 父のみならず、父方のオジも指すからである。つまり、「父」の兄、弟はやはり「父」 なのである。  同様に、これは第3節で述べることであるが、「母」もたんに本来の母のみならず、 母方のオバ、すなわち母の姉妹も指す。このことは、少なくとも、この辺りのバンツー 諸語では非常に基本的なことであり、この地域の共通語として用いられているスワヒリ 語でもそうである。  そして、もし父と父の兄弟を区別しようとすれば、「大きい、年上の」「小さい、年 下の」とい形容詞を使って次のように言う。 (2) a. tata mu{kulu 1a, ba{tata ba{kulu 2a 「私の大きい父」すなわち「父の兄」 tata mu{to{to 1a, ba{tata ba{to{to 2a 「私の小さい父」すなわち「父の弟」 b. e{o{] mu{kulu 1a, be{ho{ ba{kulu 2a 「あなたの大きい父」すなわち「父の兄」 e{ho{ mu{to{to 1a, be{ho{ ba{to{to 2a 「あなたの小さい父」すなわち「父の弟」 c. e{shi mu{kulu 1a, be{shi ba{kulu 2a 〜e{she mu{kulu 1a, be{she ba{kulu 2a 「彼(女)の大きい父」すなわち「父の兄」 e{shi mu{to{to 1a, be{shi ba{to{to 2a 〜e{she mu{to{to 1a, be{she ba{to{to 2a 「彼(女)の小さい父」すなわち「父の弟」  テンボ語、そして一般にバンツー諸語では、形容詞は名詞のあとに来、その構造は名 詞同様、接頭辞+語幹である。ここの例では、語幹は -kulu 「大きい、年上の」と -to{to 「小さい、年下の」である。  接頭辞は、その形容詞が修飾する名詞のクラスに応じて変わる。ここでは、tata{ 「私の父」などの単数形が 1a クラス(これは第1クラスのサブクラス)なので、第1 クラスの mu- をとっている。そして名詞が b{tata{ 2a 「私の父pl.」などの複数形に なると、形容詞の接頭辞もそれに応じて ba- となる。  なお、(2) の例で、tata{、ba{tata{ の最後の声調が下がるのは、あとに高声調の接 頭辞で始まる形容詞が続くためである。ただし、e{ho{、be{ho{ では2音節とも高いの で、高声調の接頭辞で始まる形容詞が続いても変化はない。  注意すべきは、「私の父」、「あなたの父」「彼(女)の父」のいずれの場合も、 「大きい」「小さい」の区別があるということだ。  ちなみにスワヒリ語(以下スワヒリ語という場合は、特別な断りがない限りは、ザイ ール東部で話されているスワヒリ語を指す)でも、父方のオジは baba mukubwa「大き い父」、baba mudogo「小さい父」のように、「大きい」「小さい」という形容詞をつ けて区別する。余談だが、スワヒリ語では、父の人称は語幹の中に組み込まれていない ので、「私の父の兄」「私の父の弟」は、それぞれ baba yangu mukubwa「父・私の・ 大きい」、baba yangu mudogo「父・私の・小さい」という風に、「私の」「あなた の」「彼(女)の」という所有形容詞をつけて区別しなければならない 3 「母」  「母」も、人称による区別があること、及び、「年上」「年下」の区別により「母」 の姉妹をも表わすことは、「父」の場合と同様である。ただし、テンボ族では一夫多妻 が行われており、このことが「母」の場合は関係してくることが「父」の場合とは異な る。  まず、「母」の名称を示す。 (3) a. mama{ 1a, ba{mama{ 2a (=mali{ 1a, ba{mali{ 2a) 「私の母」 b. nyo{ko{ 1a, ba{nyo{ko{ 2a 「あなたの母」 c. nyi{na{ 1a, ba{nyi{na{ 2a 「彼(女)の母」  「私の母」は mama{ と mali{ の2つの形がある。どちらも同じ意味であるが、 mali{ の方が本来の形ではないかと思われる。テンボ語の方言のなかでも東部のムブグ 方言ではもっぱら mali{ であるが、街道沿いの西部のブニャキリ方言では mama{ と言 う人の方が多い。この mama{ という形は、おそらくスワヒリ語の影響を受けた形では ないかと思われる。  「母」も「父」同様、名称に人称が組み込まれていて、これを容易に引き離すことは できない。この人称による区別は、何回も述べるようだが、バンツー諸語では基本的な ことで、スワヒリ語のような言語でも、古形では mama「私の母」、nyoko「あなたの 母」、nina「彼(女)の母」という用語がある。  ただし、現在では、mama yangu「私の母」、mama yako「あなたの母」、mama yake 「彼(女)の母」という風に、人称は名詞に所有形容詞をつけて表わす。  「母」に複数形があることは、「父」と同様であるが、一夫多妻婚が絡んでくると少 しややこしくなるので、まず一夫一婦婚の場合を考える。この場合は「父」と全く同様 である。 (4) a. mama mu{kulu 1a, ba{mama b{kulu 2a (=mali mu{kulu 1a, ba{mali ba{kulu 2a) 「私の大きい母」すなわち「母の姉」 mama mu{to{to 1a, ba{mama ba{to{to 2a (=mali mu{to{to 1a, ba{mali ba{to{to 2a) 「あなたの小さい母」すなわち「母の妹」 b. nyo{ko{ mu{kulu 1a, ba{nyo{ko{ ba{kulu 2a 「あなたの大きい母」すなわち「母の姉」 nyo{ko{ mu{to{to 1a, ba{nyo{ko{ ba{to{to 2a 「あなたの小さい母」すなわち「母の妹」 c. nyi{na{ mu{kulu 1a, ba{nyi{na{ ba{kulu 2a 「彼(女)の大きい母」すなわち「母の姉」 nyi{na{ mu{to{to 1a, ba{nyi{na{ ba{to{to 2a 「彼(女)の小さい母」すなわち「母の妹」  今(4)で示した用語は、たんに「母」の姉妹の年長関係のみならず、一夫多妻婚にお ける夫の妻間の年長関係にも適用される。夫の複数の妻ということは、子供から見れ ば、父親の妻たちということで、それはとりもなおさず、自分の母たちということにな る。  例えば、自分の母が第2婦人だったら、第1婦人は、「大きい母」、第3婦人は「小 さい母」ということになる。この場合の「大きい」「小さい」という関係は、実際の年 齢ではなく、先に結婚したか、あとに結婚したかという順番関係である。 4 「オジ」  父方のオジは「父」で、母方のオバは「母」であるから、「オジ」は母方にしかいな いし、また「オバ」は父方にしかいない。まず、「オジ」から示す。 (5) a. malume{ 1a, ba{malume{ 2a 「私の母方のオジ」 b. nyo{ko{lume{ 1a, ba{nyo{ko{lume{ 2a 「あなたの母方のオジ」 c. na{lume{ 1a, ba{na{lume{ 2a 「彼(女)の母方のオジ」  ここでも人称による区別がある。しかし、これらは、「父」や「母」と違って容易に 分析可能である。次の様である。 (6) a. malume{ ← mame{ (〜mali{)「私の母sg.」+ mu{lume{ 1 「男sg.」 ba{malume{ ← ba{+malume{ b. nyo{ko{lume{ ← nyo{ko{「あなたの母sg.」+ mu{lume{ 1 「男sg.」 ba{nyo{ko{lume{ ← ba{+nyo{ko{lume{ c. na{lue{] ← nyi{na{「彼(女)の母sg.」+ mu{lume{ 1 「男sg.」 ba{na{lume{ ← ba{+na{lume{ mu{lume{ 1、ba{lume{ 2 というのは一般に「男」のことであるが、この名詞語幹 -lume{ は、しばしば「男性の」というふうに形容詞的に用いられる。つまり、母方の オジは、「男お母さん」という言い方なのである。これはスワヒリ語では mujomba 1、 wajomba と言い、人称による区別がなく、かつ「男性の」という複合語的要素は現れな いが、他の多くの言語ではテンボ語同様、「男お母さん」という表現を用いる。  例えば、フンデ語では、(7)、(8)の2つの形がある。いずれも、同じ意味である。 (7)はテンボ語と同じ構成であるが、(8)の形は後半部分が異なり、フンデ語の西側に話 されるニャンガ語に近い形になっている。 (7) a. malu^me 1a, bomalu^me 2a 「私の母方のオジ」 b. nyokolu^me 1a, bonyokolu^me 2a 「あなたの母方のオジ」 c. nelu^me 1a, bonelu^me 2a 「彼(女)の母方のオジ」 (8) a. ma{nti{re 1a, boma{nti{re 2a 「私の母方のオジ」 b. nyokonti