A-2: | Pandoman Oentoek Pendidikan Anak-Anak Tionghwa |
著者: | Koo Botjhan / Khou Bo Tjhan (Bondowoso: 1892-?年) |
出版: | Blitarの印刷所Liem Liang Djwan、出版年未詳(1930年代のものか?) |
言語: | ムラユ語 |
備考: | 新世代に相応しい華人を育てていくための教育手引書。 原資料をスキャンしリプリントしたものを電子化。 モノクロ、全64ページ(表紙含む)、アルファベットOCR処理済み。 資料提供: Harianto Sanusi氏 |
No. | ファイル | サイズ |
1 | data (all) | 22.2 MB |
■解説■ |
■著者について |
Khou Bo Tjhan (1892-没年未詳) 1892年8月6日、東ジャワ、ボンドウォソ(Bondowoso)生まれ。ボンドウォソ、次いでシトゥボンド(Situbondo)の中華會舘(THHK)に通う。南京の暨南学堂、さらに東京農業大学へと進学。 その後南京で農園を開くも失敗、スラバヤに移り同地の中華會舘の理事を務めるが、間もなく辞任。パスルアン(Pasuruan)近郊で農園を開くがまたも失敗し、トゥルンアグン(Tulungagung)の中華會舘理事に就任。ほどなくして中国大陸に移り、福建で道路建設を手掛け、その後再びジャワに戻る。 1930年にブリタル(Blitar)の中華會舘の校長、ならびに同地の華僑青年會(Hua Chiao Tsing Nien Hui)会長を務め、トゥルンアグンおよびブリタルでスカウト運動(野外教育を通じた青少年人材育成活動)に尽力した[Tan 1935: 64-65; Setyautama 2008: 123-124]。 |
■内容について |
華人の子供たちの教育のための手引書で、全編ムラユ語で書かれている。幼少時、特に小学校時の教育が人格形成の基礎になるとの認識を踏まえ、「我々の国(kita
poenja negeri)で公けにされ行なわれている教育の手引きを、この地の我々同胞(Tongpao kita di sini)も関心を持って実践することができるよう」に紹介することを趣旨としている。原則としては、「忠」、「孝」、「仁」、「愛」、「義」という中華民族(Bangsa
Tionghwa)が受け継いできた柱を維持することにあるが、西洋の理念であっても中華民族にとって良くて相応しいものについては採用する姿勢を示している。 本書の構成は以下の通り。 ・前言 ・第2章: 教育に関する我々の法(全32条) |
※参考文献 |
Tan Hong Boen. 1935. Orang-Orang Tionghoa jang Terkemoeka di Java (Who's Who). Solo: The Biographical Publishing Centre. Setyautama, Sam. 2008. Tokoh-tokoh Etnis Tionghoa di Indonesia. Jakarta: Kepustakaan Populer Gramedia bekerjasama dengan Chen Xingchu Foundation. |
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