文書構造 |
讀み下し文 |
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添付書類(遷陵縣下行文書) |
書出 |
【某年某月某日朔□】戌、遷陵丞の昌(しょう)、鄕官に下して曰わく[i]、 |
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本文 |
状況説明 |
各々軍吏[ii]に(書を)别て[ⅲ]。 當(まさ)に鄕官に令して軍吏に別書せしむべからず。(令して別書せしむるも)軍吏及び鄕官、當(まさ)にこれに[ⅳ]聽うべからず。【……。】 |
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主文 |
其れ問え[ⅴ]。 |
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官、この書を軍吏に下しきや、これを下さざりきや。下したらば、當(まさ)に坐すべき者の名事里[ⅵ]・它坐を定め、よく貲[ⅶ]を入るるや能わざるやを訾り[ⅷ]、遣わして廷に詣(いた)らしめよ。【……。】 |
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作成記録 |
獄東發けと署せ。 |
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書止 |
‐ |
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附記 |
返信事項 |
【……。】 |
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作成記録 |
/義手す。 |
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文書本體 |
書出 |
【某月某日、尉某[ⅸ]、敢えて之れを言う。】 |
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用件 |
【令に當たる】者【なし】。 |
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書止 |
‐ |
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附記 |
作成記録 |
/崒手す。 |
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集配記録 |
/旦、守府の昌、廷に行る。 |
[i] 本文書は、次の點で下達文書の標準的な樣式と異なる。一、書き出しには、發行形式を表す「下」字や「謂」字等のほか、引用の標識である「曰」字が用いられる。二、状況説明には、二つの異なる文書に由來すると推測される内容が竝列される。三、作成記録の「義手」は、背面左下ではなく、正面の文末に續けて記される。推測するに、この文書は、縣廷から發行された文書の原文ではなく、縣尉が縣廷への返答に當たり、二つあった下達文書を編集して記したものと思われる。なお、次のような脱字・誤字等の可能性も完全には排除できない。
①戌(?),遷陵丞昌下鄕官曰:各别〖書〗軍吏,[●]不當令。鄕官別書軍吏,軍吏及鄕官弗當聽。
②戌(?),遷陵丞昌下鄕〖﹦〗官〖﹦〗(鄕官:鄕官)曰:各别〖書〗軍吏。●不當令。鄕官別書軍吏,軍吏及鄕官弗當聽。
[ii] 軍吏、初出。(8-0657に見える「軍吏在県界中者」にも言及すべし)
[ⅲ] 別書、別はわかつ意、書は文書、動詞(本簡)としては同一内容の文書を異なる受信者に送付すること、名詞(簡8-0657を參照)としては、異なる受信者に送付される同一内容の文書を指す。動詞的用法は、
(前略)聽書從事。尉別書都鄕、司空,司空傳倉,都鄕別啓陵、貳春。皆勿留脱。(後略)
書に聽いて從事せよ。尉は、都鄕・司空に別書し、司空は倉に傳え、都鄕は啓陵・貳春に別て。皆な留脱するなかれ。
というように、簡J1⑯0006にも用例が見えるが、里耶秦簡以外では、睡虎地秦簡『語書』に
008 以次傳別書;江陵布,以郵行。
次を以て別書を傳えよ。江陵布(し)き、郵を以て行(や)れ。
と、1970年代居延漢簡のE.P.T48:56(A8)に
五月戊辰,丞相光下少府、大鴻臚、京兆尹、定□相:承書從事,下當用者。京兆尹以
□次傳別書。相報。不報,重追之。書到言。
五月戊辰、丞相の光、少府・大鴻臚・京兆尹・定□相に下す。書を承けて從事せよ。當に用うべき者に下せ。京兆尹は□次を以て別書を傳えよ。相報ぜよ。報ぜずんば、之れを重追せよ。書到らば言え。
というように、簡8-0657と酷似する名詞的用法しか檢出できない。
なお、本簡の「別書」の指示は、8-0657にみえる「傳別書貳春,下卒長奢官」の一句を指す可能性がある。別書については今一度鷹取説および漢簡語彙を確認すべし!
[ⅳ] 案語(弗、2017年3月研究会日誌を参照)。
[ⅴ] 其れ、發語の辭。『史記集解』高祖本紀所引の『風俗通儀』によれば、
沛人語初發聲皆言其。其者,楚言也。高祖始登位,敎令言其,後以爲常耳。
沛人、語初聲を發するに、皆な「其れ」と言う。「其れ」は、楚の言なり。高祖始めて位に登るに、敎令、「其れ」と言い、後に以て常と爲す耳(のみ)。
というように、高祖の用いた楚地の方言に由來すると解釋されるが、本簡によって秦代の文書に既に使用されていた事實が判明する。なお、『封診式』にも、「其問」(簡44)や「其定」(簡40)等と、同樣な用例が確認される。
[ⅵ] 名事里は、簡8-0144+ 8-0136注を参照。
[ⅶ] 貲、はかる義から轉じて、輕犯罪を對象とした秦律特有の制裁形式(次注及び簡8-1566注?參照)。本簡では、軍吏に文書を傳達する過程における職務上の過誤に關する搜査とともに、財產刑の執行に備えて「貲」に必要な資力の有無についても事前調査が命じられる。
[ⅷ] 訾、はかる意、傳世文獻では、「貲」とも表記する。『國語』齊語に、
訾相其質。
其の質を訾(はか)り相(み)る。
というのに對し、韋昭は、
訾,量也。
訾は、量(はか)る也。
と注釋する。『後漢書』陳蕃傳には、
萬人飢寒,不聊生活,而采女數千,食肉衣綺,脂油粉黛,不可貲計。
萬人、飢寒にして、生活するに聊(やす)んずるなきに、采女は數千、肉を食み綺(あやぎぬ)を衣(き)、脂油粉黛、貲計すべからず。
といい、李賢注が指摘するように、訾と同樣に「量る」意味に捉えねばならない。傳世文獻では、訾(はか)ることは多く國家財政と密接に關わる。『呂氏春秋』知度には、
(前略)大匠之爲宮室也,量小大而知材木矣,訾功丈而知人數矣。
大匠の宮室を爲(つく)るや、小大を量(はか)りて材木を知り、功丈を訾(はか)りて人數を知る。
と、建築計畫中の建物の大小をはかること、『商君書』境内には、
國司空訾莫〈其〉 城之廣厚之數(後略)。
國の司空、その城の廣厚の數を訾る。
と、建築工程をはかること、『商君書』墾令には
訾粟而稅。
粟を訾りて稅す。
というように、徵税の基準として收穫した穀物の量をはかることを「訾」と稱する。徵税には、家ごとに收穫高や財產を把握する必要があるが、それを個別に訾(はか)るという用例は、
食〈令〉民各自占家五種石升數,爲期,其在蓴〈簿〉害〈者〉 ,吏與雜訾。期盡匿不占、占不悉,令吏卒𣁋(覹)得皆斷。
民をして各々自ら家の五種の石升の數 を占せしめ、期を爲す。それ簿に在る者は、吏、ともに雜(ま)じえて訾(はか)る。期盡(つ)くるも匿して占せず、占するも悉(つく)くさざるは、吏卒をして覹(うかが)い得(とら)えて皆な斷ぜしむ。
と『墨子』號令に見える。さらに、本簡のように財產刑に必要な資力の有無をはかるという訾字は、嶽麓秦簡(肆)の律令簡牘に記されている次の規定に確認される。
262 諸有貲贖責者,訾之,能入者令入,貧弗能入,令居之。徒隸不足以給僕、養,以居貲責者給之。(後略)
諸そ貲贖責有る者は、之れを訾(はか)る。能く入るる者は、令して入れしめ、貧にしてこれを入るる能わずんば、令して之れに居せしむ。徒隸、以て僕・養を給するに足らずんば、貲責に居する者を以て之れを給す。
「入」字は、いれる・納入する、つまり支払う意。
[ⅸ] 文書の送達に「守府」が使われるのは、縣廷と縣尉の文書にしか見られないことから、本文書が縣尉の役人を發信者とすることがわかる。なお、發信者の正確な官職は分からない。「尉」のほかに、「尉守」や「發弩(守)」等の可能性もある。「崒」が作成者として見える文書には、例えば「發弩守涓」の名義で發行された8-0141+ 8-0668がある。