文書構造 |
讀み下し文 |
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添付書類(上行文書) |
文書本體 |
書出 |
三十四年(213)九月癸亥朔乙酉(23)、畜官守の獲、敢えて之れを言う。 |
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本文 |
状況説明 |
迺(さ)る四月乙未(01)、言いて曰わく[i]、 |
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□【□□】蓋し羸病の馬を侍食するは[ii]、小なる無きなり[iii]。謁うらくは官に令して徒を遣わし更めて繕治せしめよ。今に至るもこれを遣らず。冬に涉り雨多ければ[iv]、韓□【……】病者、小なる無きなり。 |
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用件 |
┘今 |
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行書の徒、更戍の城父柘里士伍の辟を止めて[v]、繕治せしむ。謁うらくは、尉に令して、【簿(?)】を定めしめよ。 |
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書止 |
【敢えて】之れを【言う。】 |
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附記 |
送達記錄 |
十一月辛卯(01)、旦、史の穫、以て來る。/□發(ひら)く。 |
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作成記錄 |
獲【手す。】 |
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文書本體 |
書出 |
三十五年(212)十一月辛卯朔朔日、遷陵守丞の繹、尉主に告ぐ。 |
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用件 |
書に聽いて從事せよ。 |
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書止 |
它は律令が如くせよ。 |
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附記 |
送達記錄 |
/十一月壬辰(02)、日入、隸妾の規、行(や)る。 |
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作成記錄 |
/履手す。 |
[i] 案語(言=畜官が以前に県廷に送付した敢言之類の文書)
[ii] 侍、養う。『呂氏春秋』異用篇には、
仁人之得飴,以養疾侍老也。
仁人の飴を得るは、以て疾を養い老を侍(やしな)う也。
といい、高誘は、
侍亦養也
侍も亦た養う也
と注する。侍養と疾病の關係は、例えば『墨子』兼愛篇下の次の表現からも窺える。
是以老而無妻子者,有所侍養以終其壽。(中略)是故退睹其友,飢則食之,寒則衣之,疾病侍養之,死喪葬埋之。兼士之言若此,行若此。
是(ここ)を以て、老いて妻子無き者は、侍養する所有りて以て其の壽(いのち)を終う。(中略)是の故、退きて其の友を睹るに、飢えば則ち之れを食し、寒(こご)えば則ち之れに(衣を)衣(き)せ、疾病せば之れを侍養し、死喪せば之れを葬埋す。兼士之言は此の若く、行いは此の若し。
[iii] 無小、小は「微」(『説文解字』)・「細」(『玉編』)・「輕」(『禮記』王制鄭玄注)等と訓ぜられ、「小人」や「小物」などのように小さくて取るに足らない意、小なる無きは、小さくても忽せにしてよいほど小さいものがない、つまり極めて重要で忽せにしてはいけない意。『呂氏春秋』僖公には、
公卑邾,不設備而御之。臧文仲曰:國無小,不可易也。無備雖衆,不可恃也。詩曰:戰戰兢兢,如臨深淵,如履薄冰。
公、邾を卑しめ、備えを設けて之れを御せず。臧文仲曰わく、國は小なる無く、易(あなど)るべからざる也。備え無くんば、衆(おお)しと雖も、恃るべからざる也。詩には、戰戰兢兢として、深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如し、と曰う、と。
といい、『尚書』大禹謨には
宥過無大,刑故無小。
過ちを宥すは、大なる無く、故を刑するは、小なる無し。
という。
[iv] 涉、入る、至るの意。『漢書』高帝紀には、
漢帝本系,出自唐帝。降及于周,在秦作劉。涉魏而東,遂爲豐公。
漢帝の本系、唐帝より出づ。降りて周に及び、秦に在りては、劉と作す。魏に涉りて東し、遂に豐公と爲る。
といい、顏師古注は、晉灼を引いて、
涉猶入也。
涉は猶お入るがごとき也。
と注釋する。『後漢書』には、
夫玄龍,迎夏則陵雲而奮鱗,樂時也;涉冬則淈泥而潛蟠,避害也。
夫れ玄龍は、夏を迎えば則ち雲を陵(しの)ぎて鱗を奮わす。時を樂しむ也。冬に涉らば則ち泥を淈(みだ)して潛蟠す。害を避くる也。
という。
[v] 止、とどめる意、ここでは、本来「行書」という県廷の仕事に從事していたという辟を一時的に畜官に止めて「繕治」という新たな仕事に從事させることを指す。類似用例は簡8-1343+8-0904にも見える。簡8-1343+8-0904の「令」字から推測するに、「繕治」の前に「令」字が脱落している可能性がある。