讀下:6-01a

九の段

【九九[i]】八十一、【八】九七十二、七九六十三、六九五十四、五九四十五、四九三十六、三九二十七、二九十八。

八の段

八八六十四、七八五十六、六八四十八、五八四十、四八三十二、三八二十四、二八十六。

七の段

七七四十九、六七四十二、五七三十五、四七二十八、三七二十一、二七十四。

六の段

六六三十六、五六三十、四六二十四、三六十八、二六十二。

五の段

五五二十五、四五二十、三五十五、二五が十[ii]

四の段

四四十六、三四十二、二四が八。

三の段

三三が九、二三が六。

二の段

二二が四。

一の段

一一が二[iii]、二半が一。

総和

凡そ千一百一十三字[iv]

[i] 「九九」は、文意に基づいて補った。原文では重文記号を用いて「九﹦」と表記されたと推定される。

[ii] 而、一桁の積の前に置いて字数を整える助字。胡平生〈讀里耶秦簡札記〉(簡帛網,2003年10月23日)によれば、張家界古人堤漢簡の九九表残簡には、「二五如十」という句が見えており、助字として「如」が用いられている。「而」と「如」は古音が極めて近く、相通じることが王引之(『経傳釈詞』巻七)等によって指摘されている。

[iii] 一一、前文と違って、乗法ではなく加法、つまり一足す一。王煥林〈里耶秦簡“九九表”初探〉(簡帛網,2006年2月16日)によれば、それは、乗法を、同数加算の和として理解していた名残であるという。簡J1⑫2130は、正背とも、この簡と同様に「一﹦而二」に作り、肩水金関漢簡73EJT26:5も同じ。なお、敦煌漢簡T.XXX.1-2170と居延漢簡E.P.T52:223 とE.P.T52:189の釈文はそれぞれ「一一而一」・「一二而二」・「一二」に作るが、前二者は図版が不鮮明なため正確な釈読ができず、後者は、「三」の誤釈である。

[iv] 字、正確な字義は分からないが、ここでは、敦煌『立成算経』の「文」と同様に、積の総和を表す助数詞。王煥林〈里耶秦簡“九九表”初探〉(簡帛網,2006年2月16日)によれば、総和を表す助数詞の「字」と「文」は、数取り棒を用いた計算(「籌算」)に由来する。『立成算経』には次のように記されている。