国立民族学博物館所藏「中西コレクション」
B28
瀋陽西塔護国延寿寺満漢蒙蔵拓本
漢字、漢語

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これは、17世紀、清帝国の成立まもないころに建てられた石碑の拓本です。満洲文字、モンゴル文字、漢字、チベット文字という四種の文字が、石碑の各面に刻まれています。満洲族はその勃興とともに、隣接するモンゴルを通じて、チベット仏教を受容しました。そして1636年[崇徳元年]、ホンタイジは配下の満洲人、モンゴル人、漢人から皇帝に推戴されて、ここに清帝国が成立します。その首都ムクデン(盛京、現在の中国遼寧省瀋陽)の城外、東西南北に寺院と仏塔がホンタイジにより創建されましたが、いずれも1643年[崇徳八年]に起工し、45年[順治二年]に竣工しました。この四寺四塔は、造営の目的がそれぞれ異なり、東塔・永光寺は「慧燈朗照」、西塔・延壽寺は「虔祝聖壽」、南塔・廣慈寺は「普安衆庶」、そして北塔・法輪寺は「流通正法」のため建立されました。各寺院には、正面が満文、裏面が漢文の碑と、正面がモンゴル文、裏面がチベット文の碑、各1基が置かれ、その勅建の由来がしるされています。今日の瀋陽には、東・南・北の三塔と法輪寺、そして東・北二寺二塔の創建碑が伝存します。ここに展示したのは、西塔・延壽寺石碑の拓本です。碑文の文章は、満文ではじめ書かれ、漢文、モンゴル文、チベット文の順に翻訳されたようです。

(中見 立夫)