国立民族学博物館所藏「中西コレクション」
B13
エチオピアの聖書
エチオピア文字、ゲエズ語

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これは、古代エチオピアのゲエズ語で書かれた聖書です。ゲエズ語自身は10世紀頃には話し言葉としては使われなくなったと考えられますが、19世紀半ばに至るまで書き言葉として機能し続けました。この写本もゲエズ語が死語になった後に書かれた物です。

使用されているのはエチオピア文字です。エチオピア文字はアフリカでは数少ない独自の、しかも現在も使われている文字の一つで、インド系文字と同じような仕組みの音節文字です。一文字が「子音+母音」を表し、a に相当する母音が含まれている文字が基本字であることも同じです。ただし、インド系文字の一部に見られるような、子音連続を表す特別のシステムは発達していません。

この文字はアラビア半島の古代南アラビア文字に由来しています。しかし、一見しただけではエチオピア文字と結び付けるのが難しいものもあり、同じ字体でも90度、或いは180度回転したりしている場合があります。又、古代南アラビア文字では一文字が一子音を表しており、母音は基本的に表記されません。エチオピア文字が、どのようにしてインド系文字と同じ体系になったのかは今のところ明らかになっていません。

現在でもアムハラ語(エチオピアの公用語)、ティグリニア語等の表記にはこの文字が使用されます。但し、ゲエズ語には無い音が幾つか存在するため、それらに対して既存の文字に修正を加えた「新しい文字」が創られています。その反面、ゲエズ語では区別されていても言語の変化の結果同じになってしまった音に対応する文字がそのまま残されています。日本語の「お」と「を」のようなものです。これらの同音異字の使い分けは、ある程度の傾向が指摘出来る場合もありますが、そうでない場合もかなりあります

この写本では、「イエス」等の重要な語句が朱筆されているのも面白いでしょう。これは今でもキリスト教関係の物を中心に時として見られる現象です。

(若狭 基道)