展示されている細長い木のような素材は何ですか?
貝葉(ばいよう)とはなんですか?
インドや東南アジアで文字を書き記すために古くから用いられてきたのが、ヤシの葉です。日本では古くから貝多羅葉(ばいたらよう)略して貝葉(ばいよう)と呼ばれてきました。「ばいたら」はサンスクリット語のpattra(葉・頁)の音写です。
ヤシは世界中で二千種以上あると言われており、土地に応じて様々な種類のヤシが筆記用に用いられています。例えば、タイでは「ラーン」という種類のヤシを筆記に用いるので、貝葉を「バイラーン(ラーンの葉)」といいます。また、インドネシアでは、「ロンタル(学名Borassus flabellifer)」というヤシを用いるので、「ロンタル」といいます。

<作り方>
ヤシの葉も、シュロの葉と同様に、扇子のように折り畳まれた状態で若い葉が出てきます。この状態で付け根から切り取った葉を拡げ、数日間陰干しにします。ふたたび折り畳んで重しをかけながら一月ほどおいておきます。その後、付け根を切り離して葉が一枚一枚分かれるようにして、米のとぎ汁で煮てから天日干しにします。乾いたら、必要とされる大きさに、上下左右を切断して長方形のものに加工します。これを集めて、両側から木の板に挟んで万力のような具合に締め付けます。この塊をかまどの中に入れて高温でいぶします。これによってカビの発生を押さえることができます。最後に乾いた砂で一枚一枚磨くことで、素材としては完成します。さらに、熱した鉄の細い棒を、束ねた貝葉に突き刺して貝葉をとめるための穴を開けます。大きいものなら両端から3分の一くらいのところに2か所、小さいものなら中央に一か所の穴をあけて紐を通せるようにします。

<書き方>
書写する人は、この状態の貝葉を購入して、墨打ちをして各葉に5行から6行の基準線を引きます。書き記す道具は、筆やペンではありません。一種の鉄筆で、貝葉に彫り込んでいくのです。彫り込む際には、机を用いずに、同じ大きさの貝葉を数枚束ねて布でくるんだ台を用います。この上に貝葉を置いて、親指が上にくるように左手で支えます。左手の親指の爪をのばして先端に小さな穴をあけ、鉄筆が途中で引っかかって、鉄筆の先端がごくわずかしか下に突き出ないようにしておきます。右手で鉄筆の上を持ち、左手の親指との共同作業で貝葉に彫り込んでいきます。左手のなかで、台と貝葉をずらしながら少しずつ書き込んでいくのです。この状態では彫り込まれた文字はほとんど読めない状態です。読めるようにするためには、彫り込んだ後で、煤を油と混ぜたものを擦り込んでやる必要があります。
各葉は表と裏とひっくり返して書かれ、たいてい左端に連番がつけられます。普通の数字を用いない場合には、ka, kha, ga .... ha, kaa, khaa ....haa, ki, khi ....などというアルファベットの子音列を母音を交代させながら用いる方法などが行なわれます。

保存のためには、最初と最後の葉の前後に空白の貝葉をはさみ、さらに木の板で上下を挟み、穴に通したひもでしっかりと巻き付けて木の爪などでとめ、全体を布でくるんでおきます。
貝葉は、以上のように鉄筆で彫り込むことから、デーヴァナーガリー文字のような連続する水平線を彫り込むと割れてしまいます。 そのために、貝葉が使用されている間は、そうした線は必ず一字一字丸まって分割されて書かれていました。 オリヤー文字の上部の丸い部分などはそうした書き方がさらに装飾化したものです。南インドの文字などについて、 貝葉の使用に由来してすべてが丸いかのように言われることがありますが、タミル文字の直線部分など見てもわかるように、 連続してさえいなければ水平線を引いても問題ないので、貝葉と文字の形についてあまりにも関連付けをする必要はないでしょう。(回答:高島淳)

 


写本って何ですか?
どうやって昔の文字のことがわかるのですか?
印刷ではなく、手で書き写された文書を写本と呼びます。英語では manuscript と呼びますが、手(manu)で書かれたものという意味です。印刷術の発明される以前の作品は、口頭で伝承されるか、写本として書き写されるかして伝えられたわけです。

それ以外に、石に彫り込まれたものである碑文(ひぶん)、銅板などに刻まれたものである刻文(こくぶん、碑文を含めても呼ぶことがあります)、粘土板にほられたものである粘土板文書などが昔の文字と作品を知るための資料となります。インドで古典語として使われている言葉がサンスクリット語です。
普通の人の話す日常語はヒンディー語とかタミル語とか沢山ありますが、古くからの宗教作品(聖典)や学問的な作品のためには、サンスクリット語を使うのが近代以前は普通のことでした。そのためにサンスクリット語を日常的に使う人はごく一部の伝統的な学者でしかないのにインド共和国の公用語としての地位が与えられています。

 


サンスクリット語とパーリ語ってどういう言葉ですか?
インドで古典語として使われている言葉がサンスクリット語です。
普通の人の話す日常語はヒンディー語とかタミル語とか沢山ありますが、古くからの宗教作品(聖典)や学問的な作品のためには、サンスクリット語を使うのが近代以前は普通のことでした。そのためにサンスクリット語を日常的に使う人はごく一部の伝統的な学者でしかないのにインド共和国の公用語としての地位が与えられています。

サンスクリット語はインド・ヨーロッパ諸語に属し、ギリシャ語やラテン語とも近い言葉です。紀元前12世紀頃のヴェーダという聖典の言葉もサンスクリット語の古い形ですし、紀元前4世紀頃からあまり形を変えずに近代まで使われてきました。ヒンドゥー教の聖典のほかに大乗仏教の聖典もサンスクリット語で書かれています。サンスクリット語は、デーヴァナーガリー文字、グランタ文字、テルグ文字、カンナダ文字などの多くの文字で書かれます。

パーリ語は、上座部仏教(初期仏典に基盤を置く仏教[日本や中国の仏教は大乗仏典に基盤を置くので大乗仏教と呼ばれます])の古典語です。釈迦がなくなってのち、その教えをまとめるために用いられた言葉で、紀元前3世紀頃の北インドの言葉が聖典用語として定着されたものです。サンスクリット語の系譜をひく言葉ですが、音声や文法はサンスクリット語に比べて平易なものとなっています。スリランカからタイに至る上座部仏教諸国で仏教経典(南伝大蔵経)の言葉として仏教僧たちによって用いられてきました。パーリ語は、主に、シンハラ文字、ビルマ文字、クメール文字、タイ文字によって書かれます。(回答:高島淳)

 


折本って何ですか?
「折本」とは、竹や樹皮などを原料とする粗い丈夫な神を、びょうぶのように折りたたんで本にしたものです。折り本は素材となる紙の色によって、白折本と黒折本の2種類に大きく分けられます。白折り本には墨で文字を書き、一方黒折本には消しやすい石灰石や白墨で文字を書きます。書くのに用いられる素材の違いはそのまま用途の違いに反映されます。白折本は経典や占星術書など永く読み継がれる内容を記すのに用いられ、黒折本は貝葉の下書きなど一時的な用途に用いられることが多いです。(回答:澤田英夫)

 


インド系文字を使っている人はどれくらいいるんですか?
インド亜大陸で約12億人、東南アジアで約1億3000万人、あわせて13億人以上の人々が使っています。(回答:高島淳)

 


パソコンがない時代はどうやって文字を印刷していたんですか?
・インドでの印刷について

活字による印刷が1457年にドイツで始まり、ゴアに入ったのは1556年10月6日です。印刷がトランキバール(1620年にデンマークが城塞を築いた現在のタミルナードゥ州南部の町)のミッショナリーに持ち込まれたのは18世紀初めで、1714年にタミル語訳の福音書が出版されています。

本当の意味での活字印刷の一貫工程の確立には、活字の鋳型(母型)の元となるパンチ父型の彫刻(鋼に刻る)が必要ですが、インドで最初にこの技術を修得したのは、ベンガル人パンチャナン・カルナカルでした。彼が1778年にベンガル文字のパンチ父型の製作に成功したことによりカルカッタの印刷産業が始まり、1778-1800年には印刷所数は延べ27カ所、印刷点数は286点に上りました。漢字の複雑なことにもよりますが、日本の活字印刷の祖と言われる本木昌造がパンチ父型による活字製作に失敗して電胎法の到来によって初めて活字制作に成功したことを思うとまことに敬服すべき業績です。

ベンガル文字以外のインドとその東にあたる東南アジアの諸言語の活字印刷は、イギリス人のウィリアム・キャレーがインドの西ベンガル州、カルカッタ(現コルカタ)北方のセランポールで始めたのが最初です。当時セランポールはデンマークの居留地でした。彼は、パンチャナン・カルナカルとその息子をセランポールに呼び寄せて多くの文字の活字を刻らせました。

現在セランポールには、印刷所を記念したキャレー図書館と博物館があります。図書館は1800年に創立されたものです。博物館には、当時36種もの文字を使って活字印刷で作られた聖書、辞書、教科書などの出版物が展示されています。

1807年には、ベンガル、オリヤ、マラーティー、サンスクリット、ナーガリー文字の活字、翻訳、印刷が、テルグ、カンナダ、中国、ビルマ文字の翻訳と活字製造が、パンジャーブ語とペルシャ文字の翻訳が行われていました。

・ラオスでの印刷について
ラオスでは近年に至るまで、活字の使用は一般的ではありませんでした。1970年代の公式文書にも、手書きを印刷した謄写版と思われる印刷物か、あるいはタイプライターによる印刷物が使われていました。

現在もラオス学校教科書などを印刷している国立ラオス教育省印刷所の印刷設備には、日本のメーカーの銘がついていて、日本からの援助により設備を整えたと考えられます。

・タイでの印刷について
タイ最初の活字印刷を行ったアサンプション印刷所は、現在チャオプラヤー川のほとりにある私立学校、アサンプションカレッジの一角にあります。

もともとこの印刷所は1795年にチャオプラヤー川の対岸であるトンブリー地区側のサンタクルーズ教会にありましたが、1913年に現在地に移転しました。計3回移転したため、もっとも古い機械は廃棄されたため残っていません。

タイでもっとも古いパレゴア神父による「タイ語、ラテン語、フランス語辞典」は、アサンプション印刷所で作られたものですが、活字はフランスで作ったものを輸入したものです。

・タイ国立博物館のタイプライターについて

タイ国立博物館に保管されているタイプライターの解説には以下のように書かれています。
「アメリカミッショナリーのマクファーランドの次男(タイ生まれ)が、 スミス・プレミアという最初のタイ文字のタイプライターを発明し、タイに持ち込みました。その兄弟のジョージ・マクファーランドは、タイプライターをアメリカのスミス・プレミア工場に製造させ、1897年にタイで販売させました。 改良された第二モデルは、「オリバー」と名付けられました。 1929年にプロトタイプが国立博物館に寄贈されました。」(残念ながら、同博物館はカメラ撮影が禁止されています。)(回答:峰岸真琴)


 


会場でトランクに入っていた木のスタンプみたいなのは何ですか?
木で出来た活字で、木活字といいます。現在のコンピュータ製版や写植製版の前に行われていたのが、活版印刷です。そこで使われたのが鉛製の活字ですが、あまり使わない大きなサイズの文字まで鉛活字を用意するのは大変なので、木製の活字が大きなサイズには用いられていました。日本ではもう使われていませんが、インドでは2年前でも販売していたので購入してきたものです。町の小さな印刷屋さんが、ちらしや結婚式の招待状などを印刷するのに使っていました。(回答:高島淳)

 


スタンプ押しましたけど、なんであのスタンプは木でできてるんですか?
あれは木で出来ていたのでゴムのスタンプと違ってきれいに押しにくかったですね。実はスタンプのためのものではなく、木製の活字なのです。木活字というのは、活版印刷では、あまり使わない大きなサイズの文字まで鉛活字を用意するのは大変なので、大きなサイズの活字に用いる木製の活字です。インドでは2年前でも販売していたので購入してきたものを、今回みなさんにスタンプとして使ってもらうことにしました。(回答:高島淳)

 


ブラーフミー文字って何ですか?象形文字ですか?
ブラーフミーという名前は、ブラフマン(梵天)がこの文字を教えたという伝承からきていますが、一般にはアショーカ王碑文に最初に見られる左から右に書く文字の体系のことを言います。アショーカ王碑文にはもう一つカローシュティー文字という右から左に各文字もありますが、これはブラーフミー文字のように後世に広まりませんでした。ブラーフミー文字は、象形文字ではありません。それ以前のインダス文字との直接の関係は存在しないと考えられています。形については、セム語系の中東の文字から一部影響を受けている可能性があると言われていますが、明確な関係を証明することは出来ません。
ブラーフミー文字の最大の特徴は、言葉の音のあり方を音節として正確に分析していることにあります。言葉においては、通常、子音だけを発音するということはなく、子音は母音を伴って発音されます。子音と母音からなる音節こそが言葉の発音を忠実に写しているものです。ヨーロッパのアルファベットは、中東のセム語系のアルファベットに起源を持っていますが、セム語では三つの子音の組み合わせが語根となって母音はその枠の中での意味の小さな違いを示すために、文字には子音のみが表記されるのが一般的でした。ギリシャ文字などがフェニキア文字から作られるときに、母音のアルファベットが導入されましたが、o+uという組み合わせで「ウー」という音を示すというような決りが最初から導入されたために、アルファベットの世界では文字が発音を正確に写すという観念が生じませんでした。著しい例は英語の綴りで、単語を知らない限り発音を文字が表すとは到底言えない体系になっており、英語の場合のアルファベットは表音文字ではなく表語文字であると言えます。
それに対して、ブラーフミー文字に起源を有するインド系文字は、発音を忠実に表すという思想を根底に持っており、歴史的に発音が変化した場合にオリヤ文字のように発音の変化した文字に点をつけて新しい文字を作り出すというような対応をしている例があります。
東南アジアでは、インドにはなかった発音に対応した新しい文字を作り出すというインド系文字の精神にふさわしい対応と同時に、インド伝来のパーリ語などの外来語の表記にも対応するという必要から、発音が同じであるのに文字が異なっている場合を沢山作り出してしまい学習の困難さをもたらしている場合があります。(回答:高島淳)

 


梵字は漢字の変種ですか?
梵字は、漢字とは全く関係なく、紀元七世紀から十世紀ころに北インドで用いられていたシッダマートリカー(悉曇)という文字です。(回答:高島淳)

 


アショーカ王碑文には何が書かれているんですか?
アショーカ王は、マウリヤ王朝第三代の王で、はじめてほぼインドの全体を支配する統一国家を作り上げました。しかし、その統治の八年目にカリンガ(現在のオリッサ州)を征服したときに十万人もの出したことを反省して、武力ではなく「法による征服」こそが最上の征服であるという統治の理念を、石塔や摩崖など、インド全土にわたって刻ませました。(回答:高島淳)

 


卒塔婆の書き方を教えてください。
卒塔婆の表側には、kha ha ra va a という、空・風・火・水・地の五大と同時に胎蔵界の大日如来を象徴する文字と本尊の真言が表に書かれます。裏には金剛界の大日如来の vaM が書かれるのが一般的です。裏側にはその他に、破地獄真言などが書かれることが多いですが、宗派によって様々です。(回答:高島淳)

 


結合文字ってなんですか?
インド系文字の基本構造は、子音字の上下左右に母音記号が置かれるというものです。この基本構造によって表される音節は、子音+母音からなる音節(開音節)です。
しかし、インド系文字によって書き表される言語の中には、kyaやmraのように子音の連続を含む音節もあれば、sat-taのように子音で終わる音節(閉音節)と次の音節の間に子音の連続が生じる場合もあります。
基本構造だけでは表せないこれらの子音連続を表すために、連続をなす子音の字やその一部、時にはもとの字と形の大きく異なる要素を、横に組み合わせたり縦に組み合わせたりする表記が考案されました。複数の子音を表す要素が融合して分解できなくなってしまう例さえあります。これら子音連続を表す要素の組み合わせを、結合文字、あるいは合字、連字などと呼びます。英語ではligatureと呼ばれます。
すべてのインド系文字で子音要素の組み合わせを一まとまりとして「結合文字」と呼ぶわけでもなく、どちらかというと、インドのインド系文字の場合にこの名称が用いられることが多いようです。
クメール文字では、子音連続の第2子音を表すために子音字の下に付けられる要素を「脚(文字)」と呼び、子音字からは独立した要素とみなします。またビルマ文字では、子音連続の2番目に来る-y-や-w-などを表すために子音字に付加される要素を「結合子音記号」と呼びますが、これも組み合わせ全体に与えられた名称ではありません。
またタイ文字では、子音の連続を表記するには単に子音字を横に配置すればよいため、そもそも「結合文字」というものは存在しません。同じようなことは現代のタミル文字にも当てはまります。ただしタミル文字では、前の子音字の上に末子音であることを表す点を付けます。(回答者:澤田英夫)

 


曼陀羅って?
曼陀羅(マンダラ)とは、サンスクリット語で、「円」というのがもともとの意味で、ある中心の周りに様々なものが配置されている姿を指します。次第に宗教的な意味が一般的になって、神々や仏が中心から様々な形で配置されている図像を意味する用法が普通となりました。文字マンダラというと、神や仏を象徴するサンスクリットの文字を同心円状に配置したものを指すことが多いですが、今回の展覧会では、ブラーフミー文字を起源とする様々なインド系文字が広がっていった様子をマンダラに例えて「アジア文字曼陀羅」と呼ぶことにしました。(回答:高島淳)

 


マントラって?
マントラ(mantra)とは、語源的には「思考の道具」という意味になりますが、儀礼の場で用いられる「聖なる言葉」であり、表面的な意味が理解できるものもあれば、単なる一つの音節で、普通には意味を持っていないけれども、教えを受けると象徴的な意味が理解できるというものもあります。理解できないと、単なる呪文ということになりますし、意味を知る人にとっては存在の本質を示す言葉、「真言」ということになります。(回答:高島淳)

 


文字と言語の関係は?
文字は大文明の威光を背景に、周辺の国や民族へと伝えられることが多いようです。とりわけキリスト教や仏教、ヒンドゥー教などの世界宗教の伝播とは密接な関係があることは、文字曼陀羅展の展示物からもよくわかると思います。

東南アジアにおけるインド系文字の普及には、各地の王権が、威信を高めたり集権性の強い宗教を導入したりするためにヒンドゥー教や仏教を導入したことが、大きく関与していたと考えられます。やがて各地に定着した文字は、それぞれの言葉を表記するために独自の変化をとげていくことになります。

また、日本の場合はお隣りの中国の文明、政治制度、文化を輸入するとともに、漢字を表記法として採用し、さらに日本語の特性に合わせるようにして「かな」を作り出しました。

世界の文字の起源を探っていくと、ごく少数の文字から生まれたことがわかります。これに対して、言語の数は数千を数えることができ、その多くは文字で書かれることもありません。したがって、文字と言語は異なるもので、ある言語がどのような文字を採用したかは、歴史的な、また地理的な偶然によるものです。(回答:峰岸真琴)

 


識字力検査表は本当に使われているものですか? ?
識字力検査表は、この展覧会のために特別に制作したもので、実在するものではありません。普通、文字というものは「読む」ものですが、この展覧会は文字を「見て」いただく展覧会です。そこで、私たちが文字を「読む」のではなく、まじまじと真剣に文字を「見る」のはどういう場面だろうと考え、即座に視力検査のことが頭にうかんだので、視力検査表をモデルにしてデザインしました。たしかにアジアは文字の宝庫ですが、かならずしもすべての人が等しく文字を読めるわけではなく、現実には文盲(もんもう)という問題があります。識字力検査表はそうした現実の社会問題を考えるきっかけになることも同時に期待しつつ、制作したものです。(回答:小田昌教)

 


識字力検査表に書かれているのは何という文字ですか? ?
一番上の段の真ん中の文字はビルマ文字、その両脇を固めるのがスリランカのシンハラ文字です。他にはカンナダ文字、テルグ文字、グルムキー文字、デーヴァナーガリー文字、タミル文字などを使っています。すべてインド系文字です。(回答:星泉)

 


インド系文字についてもっと詳しく知りたいので、本を紹介していただけませんか?
おすすめは、2001年に白水社から出版された『華麗なるインド系文字』(町田和彦編著)です。インド系文字の歴史や仕組みをわかりやすく解説しているほか、さまざまなインド系文字を対比した一覧表もあります。表には各文字の書き順も掲載されています。(回答:星泉)